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ホウレン草にバターを入れる(mettre du beurre dans les épinards)

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こんにちは。バゲットです。

今回はホウレン草について書きましょう。
私の実家の周囲には果樹園と小さな畑があって、畑では今でも母がいろいろな野菜を栽培しています。そうした野菜の中で、私は子供のころからホウレン草が好きでした。それは大人になっても変わらず、数年前にはホウレン草カレーを作るためだけに、フードプロセッサーを購入したほどです。
この記事を構想するまですっかり忘れていたのですが、フランス語教育研修で派遣されたカーン大学(Université de Caen)のレストランでも、ホウレン草(épinards)をよく食べました。研修生(=母国ではフランス語の教師たち)には一般の学生とは別のホールがあてがわれ、そこでは学生たちよりちょっと「格上」の料理が出されます。オードブル、野菜、肉・魚、デザートとあって、それぞれ何種類かある中から一品(オードブルは二品)ずつ選ぶのです。6種類の野菜の中には、ホウレン草もありました(他はライス[←野菜です]、ジャガイモ、ニンジン等です)。こんな感じ(↓)の料理だったように思います。
ホウレン草にバターを入れる
考えてみれば、私はその時以来、一度も食べたことがありません。「食べたい!」と思って、フランスの料理サイト「マルミットン(marmiton)」で検索したら、レシピが見つかりました(https://www.marmiton.org/recettes/recette_epinards-cremeux_27147.aspx)。
「エピナール・クレムー(épinards crémeux)」という料理で、日本語にすると「ホウレン草のクリーム煮」。「とても簡単(très facile)」で「安く(bon marché)」て「所要時間は25分(temps total : 25 min)」。フランス語のできない方のために、暴力的に単純化しつつレシピを要約すれば、ホウレン草にバターを入れて蒸し煮にして、ニンニクとクリームとナツメグと塩・胡椒を入れて、混ぜるだけ。これなら私でも作れそうです。「ナツメグ」って、何のことか知らないけどw。まぁ、近日中に試してみましょうか。
※      ※      ※
フランス語に mettre du beurre dans les épinards(ホウレン草にバターを入れる)という表現があります。ネットで検索してみると(たとえばhttp://www.linternaute.fr/expression/langue-francaise/222/mettre-du-beurre-dans-les-epinards/)、意味するところは、améliorer ses conditions de vie (生活条件を改善する)、さらに補足として en général dans le domaine financier (一般に財政の領域で)とあります。要するに、金銭面で「生活が楽になる」ということですね。
ホウレン草にバターを入れる
生活が楽になって、ホウレン草にバターを入れる余裕ができて、美味しい料理を食べることができるという連想ですが、いかにも、料理好きなフランス人が考えつきそうな表現です。
さて、20年ほど前のこと、文部科学省の方針が変わって、大学での第二外国語が必修ではなくなりました。その煽りをモロに受けたのが、私たち大学の語学教師、特にフランス語とドイツ語の教師です。履修する学生が激減し、それに伴い担当する授業数(=収入)も減少したからです。
私も一時はパニックをおこし(w)、部分的な転職を視野に入れて法律系の資格を複数取得したり、英会話の勉強を始めたりと、悪戦苦闘したこともありました。ところがそんな風にジタバタ(w)している内に、昨年の4月ですが、とうとう住宅ローンの返済が終了したのです。
溺れそうでワラをつかんでいた手が、気づいてみたら陸地に触れていたような、そんな気分です。私もこれからは、ホウレン草にバターを入れることができるでしょう。

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マリアンヌ

マリアンヌを知ってるかい?(Tu connais Marianne ?)

こんにちは。バゲットです。 フランス共和国の象徴と言えば、まずは青白赤の三色旗(le drapeau tricolore)、次いで国歌ラ・マルセイエーズ(la Marseillaise)を思い浮かべる方が多いでしょう。でも、共和国の象徴は他にもあります。たとえば、フランス大使館でロゴマークに使われている、この女性(↓)です。 彼女はマリアンヌ(Marianne)という名前です。ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには、「マリアンヌはフランス共和国を象徴する人物像(figure symbolique)であって」、「それはフランス共和国と《自由、平等、友愛》の標語に含まれる価値観を具象化したものである(elle incarne la République française et ses valeurs contenues dans la devise : Liberté, Égalité, Fraternité)」とあります。 象徴としてのマリアンヌの起源については諸説あるようですが、有力な説によれば、それはフランス革命時の1792年秋、国民公会で王政の廃止と共和国の樹立が宣言されたころ、南フランスで作られた革命歌「マリアンヌの回復(la Guérison de Marianne)」まで遡るということです。 マリアンヌのイメージは、上記のロゴマークの他、ユーロ硬貨や郵便切手にも用いられていて、郵便切手のマリアンヌは、大統領が代わるたびにデザインが変わります。 また、フランス国内の市役所や公立学校などの公的な建物には、マリアンヌの胸像が置かれています。この胸像にもさまざまなデザインがあり、それを制作する際のモデルには、ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)、カトリーヌ・ドヌーブ(Catherine Deneuve)、イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Inès de la Fressange)など、フランスを代表する女優、歌手、ファッション・モデルが選ばれています。最新のマリアンヌのモデルは、女優のソフィ・マルソー(Sophie Marceau)ですね。 ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)の有名な絵画『民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)』(↓)に描かれた女神も、マリアンヌとされています。 この絵画は、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンのマリアンヌの項目でも、在日フランス大使館ホームページのマリアンヌのページでも紹介されています。私は長い間、この絵は1789年のフランス革命を描いたものだと信じていたのですが(←お恥ずかしい次第ですw)、今回調べてみたところ、1830年の七月革命(La Révolution de Juillet)を主題としたものでした。王政復古で復活したブルボン朝を打倒し、ルイ=フィリップの「七月王政」を開始した革命です。 ※      ※      ※ さて、皆さまご存知のように、アメリカ・ニューヨークの「自由の女神像(Statue de la Liberté)」は、アメリカ合衆国独立100周年を記念して、フランス国民がアメリカに寄贈したものです。上のドラクロアの絵は、この像のモデルの一つになったそうです。確かに、右手を挙げているところなどは同じですね。 ずっと小ぶりですが、「自由の女神」はパリにも複数存在します。セーヌ川にかかるグルネル橋のたもとには、パリに住むアメリカ人たちが贈った「自由の女神」があり、リュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)にももう一体あります。「それらも『マリアンヌ』と呼ぶのだろうか」と思い、何人かのフランス人に聞いてみましたが、そうは呼ばないとのことでした。しかしレピュブリック広場(Place de la République)にも、デザインの異なる像が一体あって、こちらは「マリアンヌ像」と呼ばれています。 そう言えば、東京・お台場にもありましたっけ。まあ、それは「マリアンヌ」とは・・・・・・呼ばないでしょうねw。

大天使ミカエル

悪魔の尻尾を引っ張る(tirer le diable par la queue)

こんにちは。バゲットです。 私は収入の少ない、「恵まれない階層(classe défavorisée)」の人間なので、できるだけ質素に生活するよう努めています。特に食事や衣類等、日常の生活費は可能な限り節約するよう努力しています。それでも、本の衝動買いはやめられず、フランス語・英語の研修にもかなりの額を使うので、いつもお金がなくて(en difficulté financière=財政的困難にあって)ピーピー言っています。 さて、フランス語には「悪魔の尻尾を引っ張る(tirer le diable par la queue)」という表現があります。手元の『ロベール・ミクロ』を引いてみると、「乏しい資金で生活が困難である(avoir peine à vivre avec de maigres ressources)」とあります。要するに「ひどくお金に困っている」ということですね、私みたいにw。 「悪魔にすがりついてでもお金が欲しい、ということだろうか?」と思って、Wiktionnaire(https://fr.wiktionary.org/wiki/tirer_le_diable_par_la_queue)で調べてみると、「語源は不詳(origine mystérieuse)」。ですが、著名な言語学者(Maurice Rat)の意見として、「悪魔の援助を懇願する(solliciter l’assistance du diable)」とありますから、私の発想で正しいのかも知れません。 ところで、「悪魔の尻尾を引っ張る」と言うからには、悪魔には「尻尾」があるわけです。確かに、永井豪さんの「デビルマン」を始めとして、悪魔がイメージ化されるときは、「尻尾」つきで描かれることが多いようです。でも、なぜ悪魔には「尻尾」があるのでしょう。というのは、悪魔はもともとは天使だったのですから。 ご存知の方も多いでしょうが、キリスト教の伝説によれば、神はアダム(Adam)とイブ(Ève)を造る前に、まず天使たちを造りました。天使は星の数ほどいましたが、その中にルシファー(Lucifer)という完璧な天使がいた。ところが彼(彼女?)は、あまりにも完璧だったがために、自分こそ神の座にふさわしいと思い込んでしまったのです。そしてルシファーは全天使の三分の一を配下において、神に戦いを挑みます。対して神は、大天使ミカエル(Archange Michel)が率いる軍団を送って、ルシファーを迎え撃ちました。 ミカエルは「最強」といわれる天使で、二人(と数えるのでしょうか?)の戦いは壮絶を極めます。しかし最後は、ミカエルがルシファーを倒し、ルシファーと配下の天使たちは地獄に落ちる。そしてルシファーは魔王サタン(Satan)となり、他の天使たちも悪魔になった・・・。 この話には、別ヴァージョンがたくさんあります。ルシファーが神に反旗を翻したのは、神がアダムとイヴをとても可愛がったので嫉妬したからだとか、神がルシファーにアダムの前でひざまずくよう命じたため、腹を立てたからだとか・・・。 また、ミカエルとルシファーの戦いは決着が付かず、最後は神が自らルシファーを倒した、というヴァージョンもあるようです。 興味のある方は、いろいろ調べてみたらいかがですか。 (この項続く)

ジェラール・ドパルデュー

『あるいは裏切りという名の犬(36 quai des Orfèvres)』

こんにちは。バゲットです。 今回紹介したいのは、フランスの刑事映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004年)。原題(36 quai des Orfèvres=オルフェーヴル河岸36番地)は、パリ警視庁の所在地です。日本で言う「桜田門」(=警視庁の所在地)ですね。オリヴィエ・マルシャル(Olivier Marchal)監督作品で、ダニエル・オートゥイユ(Daniel Auteuil)、ジェラール・ドパルデュー(Gérard Depardieu)という、当時のフランスを代表する名優二人が共演した、「ハードボイルド・アクションの傑作」という触れ込みです。 さて・・・パリ警視庁の敏腕警視、レオ(オートゥイユ)とドニ(ドパルデュー)。かつては親友だったが、一人の女性の愛を巡って争ったことから、今では宿敵同士になっている。 おりしも、パリ近郊では重火器を用いた現金輸送車襲撃事件が続発。既に9人が殺されて、200万ユーロが奪われた。犯人一味追跡にあたってレオに先を越されたドニは、焦りから致命的なミスを犯し、犯人は逃走、レオの部下を殉職させてしまう。 追い詰められたドニは、ある殺人事件へのレオの関与を密告する。逮捕、投獄されたレオは、その後、最愛の妻が殺されたことを知って、泣き崩れる・・・というお話。 二転三転するストーリー。暴力と流血と死、裏切りと絶望、そして復讐。意外な幕切れ。すごく面白かったです。 ※      ※      ※ さて、DVDのパッケージには「正義を信じる警視(=レオ)/権力に固執する警視(=ドニ)/火花を散らす激突の行方は」などと書かれていますが、事態はそれほど単純ではありません。 ドパルデュー演じるドニは、容姿に恵まれなかった男です。若き日、心から愛し、交際もしていた女性を、こともあろうに親友で美男のレオに横取りされてしまう。彼らの関係はギクシャクしだし、ドニは仕事では絶対にレオに負けたくないと思ったことでしょう。しかし彼らの能力は拮抗しており、勝負は一進一退が続く。いつしかドニは「出世主義者」「権力欲の権化」のレッテルを貼られてしまった・・・ということではないでしょうか。 最後の場面、ドニの叫びが印象的でした。「彼女が死んだのはお前のせいだ(elle est morte à cause de toi)、もっぱらお前のせいだ(uniquement à cause de toi)・・・もしお前が俺たちをそっとしておいてくれたら、こんなことにはならなかったのに(si tu nous avais laissés tranquilles, ce serait jamais arrivé)」。 お薦めですよ。 ※      ※      ※ 私は映画には詳しくないので、この監督もこの作品も長い間知らなかったのですが、フランスでは大ヒットして、「続編」というか、同じ監督で3部作が作られています。続く二作のタイトルは『やがて復讐という名の雨(MR 73)』、『いずれ絶望という名の闇(DIAMANT 13)』。それぞれ、オートゥイユ、ドパルデューの主演です。興味のある方は、そちらもどうぞ。

アンヴァリッド

廃兵院には行ったかい?(Tu as visité les Invalides ?)

こんにちは。バゲットです。 パリにある「廃兵院(Hôtel des Invalides=オテル・デ・ザンヴァリッド/通称アンヴァリッド)」は、ナポレオンの棺が置かれている場所として、ご存知の方も多いでしょう。 私も大学でフランス文学の勉強を始めた後、かなり早い時期から知っていましたが、「廃兵院」というその呼称にはずっと強い違和感を抱いていました。「廃棄物」「廃屋」「廃品」「老廃物」等々、「廃」という漢字はひどく否定的なイメージ(まるでゴミみたいなw)を含んでいますから、国のために戦って名誉の負傷を負った方々を「廃兵」と呼ぶのは、全く不適切であるように思ったからです。 フランス語の「アンヴァリッド(invalide)」は、動詞valoir(価値がある)と語源を同じくするvalide(法的に有効な、健康な)という形容詞に否定の接頭辞 inがついたもので、「法的に無効な」「(人が老齢、病気、ケガなどのため)働けない」ことを意味します。何人かのフランス人に確認しましたが、形容詞、名詞として普通に用いられる単語で、肯定的なニュアンスは無いにしても、日本語の「廃(兵)」ほど否定的なイメージもないそうです。 この原稿を書くにあたって調べてみたところ、そもそも日本で日露戦争後の1906年、傷痍軍人のために「廃兵院」が作られ、その際、パリの「アンヴァリッド」が参考にされたということです。してみると、日本の「廃兵院」の呼称を「アンヴァリッド」の訳語として採用した、というのが真相なのかもしれません(註)。 と言うことで、今回は「アンヴァリッド」(↓)について調べてみました。 ウィキペディア・フランス語ヴァージョンによれば、「アンヴァリッド」の建設を命じたのは、「太陽王(le Roi-Soleil)」ルイ14世。絶対主義(absolutisme)の最盛期、「朕は国家なり(L’État, c’est moi)」と言った国王です。 時は17世紀の半ば、フランスでは「30年戦争(la guerre de Trente Ans, 1618-1648)」で障害を負った多数の傷痍軍人が、パリのポンヌフ(Pont Neuf)付近にたむろし、暴力沙汰を起こすなどして、市民たちから白眼視されていました。一方、戦争が大好きでもっともっと戦争をしたいwルイ14世は、人民の眼に軍のイメージを高め、兵士たちには自らの威信を高めなければなりません。そこで、1670年、傷痍軍人たちを収容する専用の施設を建設するよう、勅令(édit)を発します。 建設は翌年に始まり、1674年に完成。竣工式の際に、ルイ14世自らが最初の収容者たちを入所させたそうです。その後、付属の教会が建設され(1706年完成)、さらに7月王政(1830-48)の時代になって、教会の地下に墓所が作られて、ナポレオン・ボナパルトの棺(↓)が中央に置かれました。 「アンヴァリッド」では、現在でも100人ほどの傷痍軍人が暮らしているそうです。病院もあって、軍人だけでなく一般市民も受け入れています。他にも軍事博物館があったり、陸軍参謀総長の事務室があったり、偉大な功績を残した軍人たちの廟があったりします。第二次世界大戦でノルマンディー上陸作戦(Débarquement en/de Normandie)に参加しパリ入城を果たしたフィリップ・ルクレール(Philippe Leclerc)のお墓もあります。 「アンヴァリッド」には私も20年ほど前に行きましたが、当時はそんなにいろいろなものがあるとは知らず、ナポレオンの棺を見ただけで帰ってきてしまいました。建物自体がフランスの古典建築の傑作とされていますし、いつかもう一度行って、じっくりと見学したいと思っています。 註)日本でも「廃兵院」という呼称に違和感を持つ人は当時からいたようで、1934年には「傷兵院」と改称されました。

複合過去

「複合過去」って何?(Qu’est-ce que le passé composé ?)

こんにちは。バゲットです。 私は若いころから一生懸命にフランス語を勉強してきましたが、最初は基本的な文法事項でも十分には理解できていないことがあって、その後、友人たちとの原書講読会で間違いを指摘され、唖然としたことが何度もありました。 他方で、自分が大学でフランス語を教えるようになり、いろいろな教科書を使って、いろいろな参考書にも目を通してみると、重要なことでありながら、どの教科書・参考書でもほとんど問題にされていない事柄があることに気づきます。若いころの私のように、「暗中模索」(あるいは「右往左往w」)する学生には、そのような参考書は何の役にも立ちません。 フランス語学校のブログですので、今後はそうした初学者が誤解しやすい、混乱しやすい文法事項についても書いて行きたいと思います。 ※      ※      ※ ということで、今回のテーマは「複合過去」です。まずは基本事項を確認しましょう。 「複合過去(passé composé=構成された過去)」はフランス語の過去時制の一つで、それが「複合=構成された」と呼ばれるのは、助動詞+過去分詞(以下p.p.と略します)の二語で「構成される」ため。換言すれば、一語で表現される「単純過去(passé simple)」との対比で、「複合過去」と呼ぶわけです。 助動詞はほとんど(95%以上)の動詞で avoir を用います、たとえば Il a dansé avec Jeanne (彼はジャンヌと踊った)のように。 英語の「現在完了=have+p.p.」と同じ形です。ここで、ほとんどの初学者は次のように考えるのではないでしょうか、フランス語の複合過去と英語の現在完了とはどのように違うのだろうか、と。 フランス語の複合過去も、昔は現在完了でした。ですから、今でも時には現在完了、つまり経験や完了・結果を意味することがあります。例を挙げれば、Vous avez visité Notre-Dame ? (あなたはノートルダム大聖堂を訪れたことがありますか)とか、J’ai déjà mangé (私はもう食べました=だからお腹は空いていません)といった場合です。 しかし、実際にはそうした事例はあまり多くはなく、おそらく90%以上(←個人的な「印象」ですが)のケースで、意味しているのは「ただの過去」。現在完了の用法が拡張して、あるいはズレて、「ただの過去」になったのです。たとえば、Elle a voyagé en France cet été (彼女はこの夏フランスに旅行した)。このように、フランス語の複合過去は過去形なのです。 このことから、英語の現在完了との重大な差異が生じます。英語の現在完了は過去形ではありませんから、過去の時を意味する副詞(yesterday [昨日]、last week [先週]など)と共に用いることはできません。I have worked yesterday はNGです。一方、フランス語の複合過去は過去形ですから、過去の特定時を指す副詞と共に用いることができるのです。J’ai travaillé hier (私は昨日働いた)と。 さて、上で複合過去の現在完了的用法として、経験と完了・結果を挙げました。では、英語の現在完了が持つ継続用法はどうなのでしょう。この点はちょっと複雑です。 たとえば「私は10年前から東京に住んでいる=現在も住んでいる」。英語ではI have lived in Tokyo for ten years です。英語のネイティヴ複数に確認しましたが、このケースで現在形は使えません。ところがフランス語では、J’habite à Tokyo depuis dix ans と、現在形で言うのです。ちなみに、J’ai habité à Tokyo pendant dix ans (註・前置詞は pendant)のように複合過去を使うと、「私は東京に10年間住んでいた=現在はもう住んでいない」という意味になってしまうので、注意して下さい。 このように過去から現在への継続については、フランス語では一般に現在形を用います。ただし、否定文では複合過去が使えて、Je n’ai pas vu Marie depuis cinq ans (私は5年前から マリーに会っていない=今もまだ会っていない)はOK。さらに、副詞のtoujours(いつも=英語のalways)を付加して、J’ai toujours voulu visiter la Tour Eiffel (私はずっとエッフェル塔を訪れたいと思っていた=今も思っている)と言うこともできます。 ずいぶん長くなったので、続きは次回に回しましょう。

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