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四角いハンカチ(le mouchoir carré)

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こんにちは。バゲットです。

私が高校生のとき、太田裕美さんの歌「木綿のハンカチーフ」が大ヒットしました。田舎に残った女の子が都会に出て変わってゆく恋人を想う歌で、魅力的な歌詞やメロディーに加えて、太田さんの上品な色気を含んだ、透き通った歌声が好きで、私は繰り返し何度も聴いたものでした。
山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』が公開されたのも、私が高校生のときでした。不器用な男(高倉健)とその男を待つ妻(倍賞千恵子)の物語で、こちらもその年の日本アカデミー賞を受賞するなど大ヒットしましたから、ご記憶の方も多いでしょう。
そうした雰囲気の中で、若い私にとってハンカチは、ロマンチックなイメージと強く結びついていたように思います。
さて、ヨーロッパの女性がハンカチで鼻をかむことは、映画等を見て、私もかなり早くから知っていました。しかし、フランス語でハンカチを「ムシュワール(mouchoir)」と言い、その語が「鼻をかむ」を意味する「ス・ムッシェ(se moucher)」から来ていることを知ったときは、ちょっと驚きました。ハンカチは、フランス語ではまさしく「鼻かみ布」なのです。そんな呼称では、ロマンチックなイメージも台無しです。
ティッシュ・ペーパーのことを「ムシュワ-ル・アン・パピエ(mouchoir en papier)」と言うことを知ったときも、やっぱり少し驚きました。文字通り「鼻かみ紙」です。
もっとも、「鼻をかむ」という行為の社会的な意味は、日本と欧米では大きく異なります。日本では人前で鼻をかむことは(特に食事中などは)マナー違反とされますが、ヨーロッパではそうではなく、レストランで他の方が食事をしているときに鼻をかんでも、「礼儀に反する(impoli)」ということはないそうです(註)。とすれば、「ムシュワール=鼻かみ布」という呼称も、特に不快感を与えるものではないのかもしれません。
ムシュワール=鼻かみ布
現在、ハンカチと言えば形は正方形(carré)と決まっていますが、昔はそうではありませんでした。丸いハンカチや、三角形、長方形、楕円形もあったそうで、貴族のご婦人方が贅を尽くしていろいろなデザインを競っていたようです。それを正方形に統一したのが、王妃マリー・アントワネット(Marie-Antoinette)。夫のルイ16世に進言して勅令(lettre patente)まで出させています。
なぜマリー・アントワネットはそんなことを考えたのでしょう。あくまでもファッション・リーダーであろうとした彼女が、他の女性たちがいろいろなデザインを競うのを面白く思わなかったからでしょうか。
いずれにしても、たたんでポケットに入れるには、正方形が一番便利な気がします。私もハンカチはたくさん持っていますが、意外と身近なところに、マリー・アントワネットの「功績」があったのですね。

(註)手元の英和辞典で見て、またフランス人教師にも確認したのですが、人前で鼻をすすること(英・sniff/仏・renifler)はひどく嫌われるそうです。

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トリュフ

トリュフを食べたことはありますか?(Vous avez mangé de la truffe ?)

こんにちは。バゲットです。 「恵まれない階層(classe défavorisée)」に属する(?)多くの男性がそうであるように、私は料理のことはほとんど何も知りません。 ところがこのことには意外なメリットがあって、私は高級フランス料理を食べても(めったにありませんがw)、街の定食屋さんで700円のランチを食べても、100グラム95円の豚肉を買ってきて自分で焼いて食べても、味の良し悪しが全く分からないのでw、同じように幸せな気分に浸ることができるのです。そう思うと、少しだけ得したような気もします。 他方で当然、デメリットもあります。主観的に最も重大なのは、自分が何を食べているのかが分からないことです。 たとえば、「世界三大珍味」と言われる、フォアグラとキャビアとトリュフ。私も、それなりに高級なフランス料理を食べることはたまに(てか、「まれに」w)あるので、フォアグラは食べたことがあるはずです。でも何だか分からずにただ食べただけで、「これがフォアグラだ」という十全たる認識をもって味わったことは、一度もありません。だから「フォアグラ」と言われても、どんな味なのかよく分からない。キャビアについても同様で、あの黒いツブツブには見覚えがありますから、食べたことはあると思います。しかし「キャビアの味」と言われても、ピンと来ないのです。さらにトリュフに至っては、食べたことがあるのかどうかさえ分かりません。調べてみると「スライスして料理にトッピングする」とあります。ステーキの上に乗ったそれらしきものを食べたことは何度かありますが、あれがトリュフだったのでしょうか。 ※      ※      ※ 前置きが長くなりましたが、今回のテーマは、その「トリュフ(truffe)」。 日本で「秋の味覚」の代表と言えば、キノコです。トリュフもキノコ(champignon)の一種ですから、秋が旬かと思って調べてみると、その辺はなかなか複雑で、種類によってまちまちです。ウィキペディア・フランス語ヴァージョンによれば、有名なペリゴール産黒トリュフ(truffe noire du Périgord)の「旬」(pleine maturité=「成熟期」)は1月半ば~3月末。他の種類もおおむね秋から冬が旬ですが、夏に成熟する種類もあるようです。 紀元前2600年ごろ、古代エジプトで珍重されていたそうですから、歴史は相当に古い。ところが古代ローマ以降は長い間忘れ去られて(もちろん、庶民は食べていたのでしょうが)、ルネッサンスのころになって再び人気が沸騰します。フランスではフランソワ一世(在位1515~1547)の宮廷で供されていたとか。 地中で形成されるので、昔は雌ブタを使って探していました。35年ぐらい前に私がフランス語学校で見た教材用ビデオでも、ブタが探していました。トリュフの香りが雄ブタのフェロモンに酷似しているため、雌ブタは放っておいてもトリュフを見つけて掘り出すからです。でもブタはトリュフを見つけると食べてしまうので、現在では主にイヌを訓練して使っています。 ※      ※      ※ さて、日本の松茸と同様、トリュフもいろいろな大学や企業、研究機関が人工栽培技術の開発に向けてしのぎを削っており、種類によってはすでに成功しているものもあるそうです。現在のようにトリュフを「スライスしてトッピングする」のは、値段が非常に高価だから、そのような食べ方をするのでしょう。いつの日かトリュフの栽培技術が確立して、三個100円(!)くらいまで値段が下がったら、そのときは一体、どんな食べ方をするのでしょう。 ちょっと興味がありますね。あなたなら、どうしますか?

現在のフランスでは、ナポレオンのイメージを損なうとして、豚にナポレオンと名付けることを禁止している

ナポレオンという名のブタは存在するか?(Y a-t-il un cochon qui s’appelle Napoléon ?)

こんにちは。バゲットです。 先日、ちょっと調べものをしていて、ウィキペディア・日本語ヴァージョンの「ナポレオン・ボナパルト」の項目を読んでいたら、目を疑うような一節に遭遇しました。 「現在のフランスでは、ナポレオンのイメージを損なうとして、豚にナポレオンと名付けることを禁止している」! 上記の「出展」は、なんと、AFP(L’Agence France-Press=フランス通信社)が配信した新聞記事!AFPのお墨付きなのです! 「そんなバカな法律が本当にあるのか?」と思って、ネットで検索してみると、確かに同様の記事がたくさんヒットします。 例えば https://www.delitdimages.org/interdiction-dappeler-cochon-napoleon/ 引用する(↑)と「自分のブタをナポレオンと呼ぶことは禁止されています(Il est interdit d’appeler son cochon Napoléon)。この法律は空文化した(désuet)テクストで最も有名なものの一つです。それは第一帝政(1804-1814)または第二帝政(1852-1870)まで遡るようです。」 そんなバカな!!! そこでフランス語のサイトをいろいろと回ってみたところ、フランス版の「教えて!goo」のようなところ(今回、再度探してみましたが、見つかりませんでした<m(__)m>)で、やっぱりどなたかが質問していました。 「ベスト」とされた回答によると、「ナポレオン法典以後のすべての法律を収めたデータベースを調べたが、そのような条文をもった法律は存在しなかった」、一種の「都市伝説」なのか、あるいは、ひょっとして「条例」(地方自治体が制定する)としてならあるのかもしれない、 とのことです。なるほど・・・。 上にリンクを張ったサイトでも、「この法律は革命期の法律の辞典にも、ナポレオン法典にも書かれていない」とありますから、その通りなのでしょう。 なお、私は未読なのですが、ジョージ・オーウェル(註)の『動物農場』に、「ナポレオン」という名前の豚が登場するそうです。 (註)ジョージ・オーウェル(1903~1950)。20世紀イギリス文学を代表する作家の一人で、『動物農場』、『1984年』などの作品があります。

クレープ

クレープを食べる(manger des crêpes)

こんにちは。バゲットです。 以前も書いたように、私は高校卒業と同時に上京し、世田谷区にアパートを借りました。家の近くには小さな喫茶店があって、近所の調理師学校の女の子たちがよく来ていました。別に彼女たちが目当てだったわけでもないのですが(てか、少しは「目当て」でしたがw)、私はときどきその喫茶店でお昼ご飯を食べました。 メニューの中には、いろいろな「クレープ」がありました。私はそれまで「クレープ」という言葉を聞いたことがなく、それがどんな物なのかを知りませんでした。現代のようにネットで何もかも簡単に調べられる時代でもありません。お菓子の一種だとはわかったので、一度試してみたいと思い、ある日、思い切って、ランチと一緒に注文してみました。「バナナクレープ」だったように思います。そのとき、カウンターに座っていた常連らしき女の子が振り向いて、私を見て笑ったのを覚えています。 ウエイトレスがクレープをテーブルに置いたとき、私は驚き、ちょっと後悔しました。ランチのデザートとしては、大きすぎるのです。味は覚えていません。後にも先にも、私がクレープを食べたのは、そのとき一度限りです。 ※      ※      ※ さて、「クレープ(crêpe)」はフランス語。前回、「聖燭祭(せいしょくさい=ロウソクの祝日、la Chandeleur ou la fête des chandelles)」について書きましたが、実はこの日(2月2日)、フランスではクレープを食べる習慣があるのです。その起源については諸説あります。 あるフランス語の教科書によれば、昔は「主の奉献(Présentation de Jésus au Temple、前回の記事を参照)」を祝うために、この日、多くのキリスト教徒がローマに巡礼に行きました。ところがローマには、そうした巡礼者たちのために十分なパンがありません。そこで、パン生地を水で薄めて、より薄くてより大きなパンを作って、それがクレープの起源になったというのです。ネットで調べてみると、5世紀の教皇グラシウス1世(Gélase 1er)が巡礼者たちにクレープを配ったとありますから、おおむね、この教科書の記述と合致します。 別の説によれば、もともとは異教徒の祝祭(fête païenne)で、立春(19年は2月4日)のころ、人々は太陽に似た丸くて黄色いクレープを食べて、陽光が戻ってきたことを祝ったそうです。以前書いた「クリスマスの薪(bûche de Noël)」もそうですが、ヨーロッパでは、昔からあった習慣がその後キリスト教に取り入れられることがよくあります。聖燭祭のクレープもまた、上記の習慣がそのようにキリスト教化(christianisé)されたものなのかもしれません。 さて、クレープにはお菓子タイプ(crêpe sucrée=砂糖味のクレープ)の他に、塩で味つけして、肉、ハム、チーズ、野菜等を包んで食べる軽食タイプのもの(crêpe salée=塩味のクレープ)もあるそうです。私は少し血糖値が高いので甘い物は控えるようにしているのですが、「塩味」なら問題はありません。またクレープが太陽の色と形をまねたのなら、コンセプトは日本の「日の丸」と同じで、そう考えると、少しは親近感(w)も感じます。 最近、散歩していて偶然、三軒茶屋の茶沢通りにクレープ屋さんを見つけました。メニューには甘くない「サラダクレープ」もありますし、今度、行ってみようかと思っています。

トマトのように赤い(rouge comme une tomate)

こんにちは。バゲットです。 私が子供のころ、千葉の農村地帯では三世代、四世代が同居するのが当然で、私も幼年時代は曾祖母・曾祖父に子守をされて育ちました。保育園に通うようになったのは、5歳の四月。小学校に入学する一年前です。 保育園は私の家からは2キロ以上も離れた大きめの集落にあって、その周辺に住んでいる子供たちはお互いに知り合いで友達も多かったのに対し、私には「友達」と呼べるような者は一人もおらず、入園当初はいつも寂しい思いをしていました。 まだ四月だったかもう五月に入っていたのか、強い雨が降ったある日、私は母が買ってくれた水色の雨ガッパを来て、保育園に行きました。園に着いてカッパを脱ぐと、皆が私を見て大笑いする。最初、なぜ笑われているのかわからなかったのですが、下を見ると、私はカッパと一緒にズボンまでも脱いでいたのです。自分で自分の顔が赤くなるのが、はっきりとわかりました。「恥ずかしい」という感情を生まれて初めて感じたのは、あのときだったように思います。     ※      ※      ※    さて、フランス語には、「トマトのように赤い(rouge comme une tomate)」という言い回しがあります。恥ずかしさや怒りで顔が赤くなったとき、たとえば、“Elle est devenue rouge comme une tomate(=彼女はトマトのように赤くなった)”のように用います。 トマトのように赤い 「トマト」の他にも「雄鳥(un coq)のように」「サクランボ(une cerise)のように」「ヒナゲシ(un coquelicot)のように」「シャクヤク(une pivoine)のように」「ザリガニ(une écrevisse)のように」「ロブスター(un homard)のように」もあるそうです。 形容する対象が男性か女性かによって、また赤くなる理由が怒りなのか恥ずかしさなのかによって、使い分けが必要になるでしょう。私のような中年男が恥ずかしさで顔を赤らめるとしても、「ヒナゲシのように」とは言わないww、ということです。 ですから、たとえば「彼は激怒した」は、“Il est devenu rouge comme un coq(=雄鳥のように)”で、若い女性について「彼女は頬を赤らめた」なら、“Elle est devenue rouge comme une cerise(=サクランボのように)”ですね。 ※      ※      ※ さて、話は飛びますが、トマトの原産がアメリカ大陸であることは、ご存知の方も多いでしょう。メキシコで栽培されていたのを、16世紀にスペイン人の征服者たちがヨーロッパに持ち帰ったのです。最初は観賞用で、その後イタリアや南フランスで食用にされていたのですが、フランス革命の際に南仏から人々が大挙パリに押し寄せて、その結果フランス全土に普及したそうです。 そんなトマトは、今やフランス料理には欠かせない食材の一つ。ニース風サラダ(salade niçoise)等のサラダにも用いますし、ラタトゥイユ(ratatouille)の材料としても不可欠ですし、またケチャップやソースを作るのにも必要です。 ジャガイモ(pomme de terre)もアメリカ大陸が原産ですが、やはりフランス料理では重要な食材です。他方、人気料理のクスクス(couscous)は北アフリカが起源で、第一次世界大戦中に工場労働者が大量に不足して、当時植民地だったアルジェリアから多くの人々を呼び寄せたことで、フランス本土に広まったものです。 そのように考えると、世界に誇るフランス料理も、決してフランス一国だけで確立されたものではないことがわかります。「正統派」と言われるフランス料理も、ちょっと歴史を遡れば、他国や他地域との交流によって生まれた「バイブリッド(hybride=雑種)」だったのですね

本の虫, 図書館のネズミ

図書館のネズミ(rat de bibliothèque)

こんにちは。バゲットです。 私は高校時代、日曜日や休暇中は、一日中図書館で勉強することを習慣にしていました。自宅では集中力が途切れ、ボーっとしてしまうことが多いので、皆が勉強している場所で勉強することにしたのです。 その習慣はその後も続き、大学時代はいつも文学部の図書室で勉強していました。朝、大学に来て授業に出、空き時間は図書室で勉強し、夜8時過ぎまでそこで過ごして、帰宅する。夕方、休憩を取って大学近くの喫茶店に行き、夕暮れの街を見ながらコーヒーを飲んでいると、すごく充実した時間を過ごしているような気がして、不思議な幸福感に包まれたのを今でもよく覚えていいます。 さて、フランス語に「図書館のネズミ(rat de bibliothèque)」という表現があります。前回紹介した「外国語作文が得意な人(fort en thème)」と同様、私は「ガリ勉」の意味で理解していたのですが、この記事を書くに当たって改めてネットで調べてみると、「とても頻繁に図書館に通う人(personne qui fréquente très souvent les bibliothèques)」、「書物を読んだり参照したりして時間を過ごす人(personne qui passe son temps à lire et à compulser des ouvrages)」と出てきます(https://fr.wiktionary.org/wiki/rat_de_bibliothèque)。「英訳は bookworm (本の虫)」。必ずしも悪い意味ではなさそうですが、「ときに軽蔑的(parfois péjoratif)」ともありますから、「ガリ勉」等、侮辱的な意味で用いることもあるようです。 語源に関しては、別のサイトに「参照してみたどの辞書にも、『図書館のネズミ』という表現の起源についての歴史的な注釈は存在しない(parmi tous les dictionnaires consultés, il n’y a pas de commentaire historique sur l’origine de l’expression “rat de bibliothèque”)」とありました。 でも、「歴史的な注釈」なんか無くても、誰でも思いつきそうで、「なるほど」と思わせる表現ですね。 ※      ※      ※ 上記のように、私は青春時代の多くの時間を図書館で過ごしたのですが、後になって考えてみると、私にとって図書館は、勉強の場であったばかりでなく、同時に「出会い」の場、「交流」の場でもあったことに気づきます。と言うのも、図書館の自習室には同年代の男女が集まって来るわけで、頻繁に顔を合わせていれば挨拶ぐらいするようになりますし、時には、親しく話すようになることもあるからです。 実際、高校時代に私が入り浸っていた市立図書館で、ある日、私の中学の後輩で隣の女子高に通っている女の子に偶然会ったのですが、私が一緒にいた友人にその子を紹介したところ、その後二人は交際するようになり、大学卒業後には結婚してしまいました。 私自身も、図書館に関しては、高度にプライベートで、ここには書けないような思い出がたくさんあります。まあ、「ガリ勉」にも「ガリ勉」なりの青春がある、ということですね。

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