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パンテオンなんか大嫌い! (Je déteste le Panthéon !)
投稿日:2018年12月10日
こんにちは。バゲットです。
今年7月、厚生大臣や欧州議会議長を歴任し、アカデミー・フランセ-ズの会員でもあったシモーヌ・ヴェイユ(Simone Veil)が、パンテオン(Panthéon)に合祀されました。ヴェイユは「フランス人が最も敬愛する女性」(2010年の調査)として絶大な人気を誇った人物で、死後わずか1年という異例の早さだったこともあって、大きな話題になりました。
パンテオンは、フランス語の教科書でもしばしば紹介されている、パリで屈指の観光名所です。私も一度訪れたことがありますが、ルソーだったかゾラだったか(あるいは二人とも?)のお墓がひどく古びていて、墓石の角が欠けているのに、微妙な「無常観」を感じたことを覚えています(註)。
・・・ということで、今回はパンテオンについて、ちょっと調べてみました。
パンテオンがあるのは、セーヌ川左岸のカルティエ・ラタン(Quartier latin)。18世紀の半ば、国王ルイ15世の命で、当初はパリの守護聖人・聖ジュヌヴィエーヴに捧げられた教会として建設が着手され、フランス革命真っ只中の1792年に完成しました。建物は新古典主義建築の傑作とされ、完成当時の憲法制定議会が、フランスの歴史に貢献した偉人たちを祀るために、転用することを決めました。

2018年現在で、過去の政府が合祀(panthéonisation)を決定した人物が81人、しかし実際にお墓があるのは74人だそうです。うち、作家・文学者は前述のルソー(Jean-Jacques Rousseau)とゾラ(Émile Zola)に加え、ヴォルテール(Voltaire)、ユゴー(Victor Hugo)、デュマ(Alexandre Dumas)、マルロー(André Malraux)の計6人がいます。
ミラボーやマラーのように一旦合祀されながらお墓が撤去された人、デカルトのように決定したのに墓が移されていない人もいるそうです。
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さて、私の勤務先のある大学では、キャンパスの真ん中に創立者の銅像が建っています。私はそれを見るたびに思います、「この人はこんな銅像にされてしまって、恥ずかしくないのだろうかw、まるでどっかの独裁者みたいじゃんww」と。
銅像と比べればずっとマシだとは思いますが、パンテオンに立派なお墓があるのも、一種の「神格化」であることに変わりはないでしょう。もちろん、本人の責任ではないわけですが。
サルトル(Jean-Paul Sartre)は自伝『言葉』の中で、ゾラの名前を挙げながら、パンテオンを揶揄するようなことを書いています。カミュ(Albert Camus)は、2009年、当時のサルコジ大統領がパンテオンへの合祀を検討しましたが、遺族の反対にあって実現しませんでした。

そのカミュのお墓(↑)は、南仏プロヴァンスの田舎村・ルールマランの共同墓地にあります。すごく小さなお墓で、見つけるのに苦労するそうです。「不条理(absurde)」を唱え、人間の生に意味は無いと考えていたカミュには、パンテオンのきらびやかで栄光に包まれた墓地よりも、こちらの方がずっとお似合いだと思います。
註・その後、2007年に改修工事がなされたそうで、現在の墓石は新しくなっています。ちなみに、ルソーの遺骨がパンテオンに移されたのは1794年、ゾラは1906年です。