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彼はメロンを持っている(Il a le melon)

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こんにちは。バゲットです。

以前も少し書いたように、フランスはヨーロッパ随一の農業国です。国土の52,5%が農業用地で、それはEU全体の農地の16%に相当し、農業生産額もフランス一国でEU全体の18%を占めています。
そんなこともあるのか、フランス語には農作物や家畜の名前を用いた慣用句がたくさん存在します。このブログではそんな言い回しをいくつか紹介してきましたが、今回紹介したいのが“avoir le melon(メロンを持っている)”。
メロンを持っている
過去の記事を読んで下さった方はご記憶のことと思いますが、“Elle a la pêche(彼女はモモを持っている)”と言えば、「彼女は元気ハツラツとしている」という意味でした。ケースによっては「彼女はバリバリ働いている」とか「ウキウキしている」というニュアンスも持ちました。ところが、同じように美味しい果物なのに、“Il a le melon(彼はメロンを持っている)”は全く別のことを意味しているのです。
“avoir le melon”を「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_le_melon)」で調べてみると、“avoir la grosse tête(大きな顔をしている)”と出てきます。他のサイトでも、 “se sentir important, supérieur(自分を重要な、優れた人間だと感じている)”、あるいは“prétentieux(うぬぼれの強い、気取っている)”とあります。要するに、「でかい面をしている」「傲慢である」「うぬぼれている」ということですね。
ですから、“Il a le melon(彼はメロンを持っている)”は、「アイツは傲慢だ、うぬぼれている」という意味。逆に「彼女はうぬぼれていない」なら、“Elle n’a pas le melon(彼女はメロンを持っていない)”です。
Prendre le melon(メロンをつかむ)という表現もあって、過去形で“Il a pris le melon(彼はメロンをつかんだ)”は、「アイツは傲慢になった」ということ。命令文でも使えて、「うぬぼれちゃダメよ」は、“Ne prends pas le melon(メロンをつかまないでね)”ですね。
※      ※      ※
さて、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre/1964年ノーベル文学賞の受賞を辞退)の基本概念の一つに、「偶然性(contingence)」があります。難しいことは抜きにして暴力的に単純化すれば、「どんな人間にも生きている価値なんてない」ということです。もう少しソフトに、「誰もが、いてもいなくてもいい人間だ」と言ってもいいでしょう。このことが人間の「平等」の哲学的根拠になります。
私は大学生のときにサルトルを読み始め(最初はアタマが痛くなりましたがw)、「偶然性」についても理屈としては、かなり早い段階で理解できていたと思います。具体的なレベルでも、自分が「いてもいなくてもいい人間」だということは、理論的には十分に納得し、了解していたつもりです。
他方で心情的には、それについて消化しきれないものが、長い間、残っていました。心の底の底では、自分が「必要な人間=いなくてはならない人間」であるかのような「幻想」が消え去らなかったのです。
しかし40歳を過ぎて、結局自分には大したことが出来ないこと、歴史に残るような輝かしいことは何も出来ないことが明白になってくると、そうした「幻想」もいつしか消えました。今の私は、自分が「いてもいなくてもいい人間」だと、感情的にも完全に受容して生きています。
だから、高慢な人、自分を「エライ」と思っている人を見かけると、皮肉の一つも言ってやりたくなるのです。でも、実際にはなかなか口に出して言えないので、心の中でつぶやきます、「アイツはメロンを持っているw」と。

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ホウレン草にバターを入れる

ホウレン草にバターを入れる(mettre du beurre dans les épinards)

こんにちは。バゲットです。 今回はホウレン草について書きましょう。 私の実家の周囲には果樹園と小さな畑があって、畑では今でも母がいろいろな野菜を栽培しています。そうした野菜の中で、私は子供のころからホウレン草が好きでした。それは大人になっても変わらず、数年前にはホウレン草カレーを作るためだけに、フードプロセッサーを購入したほどです。 この記事を構想するまですっかり忘れていたのですが、フランス語教育研修で派遣されたカーン大学(Université de Caen)のレストランでも、ホウレン草(épinards)をよく食べました。研修生(=母国ではフランス語の教師たち)には一般の学生とは別のホールがあてがわれ、そこでは学生たちよりちょっと「格上」の料理が出されます。オードブル、野菜、肉・魚、デザートとあって、それぞれ何種類かある中から一品(オードブルは二品)ずつ選ぶのです。6種類の野菜の中には、ホウレン草もありました(他はライス[←野菜です]、ジャガイモ、ニンジン等です)。こんな感じ(↓)の料理だったように思います。 考えてみれば、私はその時以来、一度も食べたことがありません。「食べたい!」と思って、フランスの料理サイト「マルミットン(marmiton)」で検索したら、レシピが見つかりました(https://www.marmiton.org/recettes/recette_epinards-cremeux_27147.aspx)。 「エピナール・クレムー(épinards crémeux)」という料理で、日本語にすると「ホウレン草のクリーム煮」。「とても簡単(très facile)」で「安く(bon marché)」て「所要時間は25分(temps total : 25 min)」。フランス語のできない方のために、暴力的に単純化しつつレシピを要約すれば、ホウレン草にバターを入れて蒸し煮にして、ニンニクとクリームとナツメグと塩・胡椒を入れて、混ぜるだけ。これなら私でも作れそうです。「ナツメグ」って、何のことか知らないけどw。まぁ、近日中に試してみましょうか。 ※      ※      ※ フランス語に mettre du beurre dans les épinards(ホウレン草にバターを入れる)という表現があります。ネットで検索してみると(たとえばhttp://www.linternaute.fr/expression/langue-francaise/222/mettre-du-beurre-dans-les-epinards/)、意味するところは、améliorer ses conditions de vie (生活条件を改善する)、さらに補足として en général dans le domaine financier (一般に財政の領域で)とあります。要するに、金銭面で「生活が楽になる」ということですね。 生活が楽になって、ホウレン草にバターを入れる余裕ができて、美味しい料理を食べることができるという連想ですが、いかにも、料理好きなフランス人が考えつきそうな表現です。 さて、20年ほど前のこと、文部科学省の方針が変わって、大学での第二外国語が必修ではなくなりました。その煽りをモロに受けたのが、私たち大学の語学教師、特にフランス語とドイツ語の教師です。履修する学生が激減し、それに伴い担当する授業数(=収入)も減少したからです。 私も一時はパニックをおこし(w)、部分的な転職を視野に入れて法律系の資格を複数取得したり、英会話の勉強を始めたりと、悪戦苦闘したこともありました。ところがそんな風にジタバタ(w)している内に、昨年の4月ですが、とうとう住宅ローンの返済が終了したのです。 溺れそうでワラをつかんでいた手が、気づいてみたら陸地に触れていたような、そんな気分です。私もこれからは、ホウレン草にバターを入れることができるでしょう。

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チョコレートをめぐる闘争(la lutte pour le chocolat)

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レジオン・ドヌールには5つの「等級」

レジオン・ドヌール勲章(Légion d’honneur)(2)

こんにちは。バゲットです。 今回も、レジオン・ドヌール勲章について書きましょう。 さて、レジオン・ドヌールには5つの「等級」があって、下からシュヴァリエ(Chevalier=騎士)、オフィシエ(Officier=将校)、コマンドゥール(Commandeur=司令官)、グラントフィシエ(Grand-Officier=大将校)、グランクロワ(Grand-Croix=大十字)。フランス人の場合は、まずシュヴァリエに叙勲され、それからオフィシエ・・・とだんだん上がっていくそうですが、外国人の場合はそうではなく、その功績に応じて等級が決まります。 他方で、前回も書いたハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのように、一旦もらった勲章を「剥奪」されることもあります。フランス人の場合は、1年以上の禁固刑を受けたとき。ジスカールデスタン大統領の下「予算担当大臣」まで努めた大物政治家でありながら、その後、第二次世界大戦中のユダヤ人連行に関与したことが暴露された、モーリス・パポン(Maurice Papon)の例が有名です。それに対して、外国人の場合は、大統領令だけで取り消せます。ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノが再三にわたる人種差別発言で、ツール・ド・フランス7連覇のランス・アームストロングがその後のドーピング発覚によって、剥奪されています。 さて、日本人でも700人ほどの人が叙勲しているようですが、どんな人がもらっているのでしょう。調べてみると、古いところでは伊藤博文(!)、乃木希典(!)、野口英世(!)。最近では舛添要一さんや北野武さん、小池百合子さん、三木谷浩史さんなどがいるようです。驚いたのは「ヴェルサイユのバラ」の池田理代子さん。まあ、フランス国家に貢献したことは、言われてみれば、その通りだと思いますが・・・。 ※      ※      ※ 私は勲章など欲しいと思ったことは一度もありませんし、そんなもの欲しがる人の気が知れませんでした。皆さまもおそらく同様だろうと思います。 しかし、ここでちょっと想像をたくましくしてみましょう。もしも、仮に、自分の親しい先輩が勲章をもらったとしたら・・・。そしてその先輩の家の応接間に、その勲章が飾ってあったとしたら・・・。あるいは、自分と同程度の実績だと思っていたライバルがもらったとしたら・・・。その人が勲章のことをすごく自慢していたとしたら・・・。もしもそんなことになったら、やっぱり自分も、勲章が欲しいと思うのではないでしょうか。 実際、日本でも、受勲の法定条件である「70歳以上」になると、大企業の経営者たちが突然、政治家に働きかけを始めたり、メセナ活動に熱心になったりするそうです。ましてフランスのレジオン・ドヌールは、まず最下位のシュヴァリエを叙勲して、それから階級が上がっていくシステムです。大学を出て公務員になって、一生懸命働いて、人並みに出世して、法定条件の「公職に20年」を過ぎたら、誰だってそわそわし出すのではないでしょうか。そして一旦、シュヴァリエをもらったら、普通の人間の普通の感覚として、次はオフィシエが欲しくなるでしょう。 前回も書いたように、ナポレオンは、レジオン・ドヌール勲章の制定に際して、「あなた方はそれを玩具だと言うが、人が人間を動かすのは玩具を用いてなのだ(Vous les appelez les hochets, eh bien c’est avec des hochets que l’on mène les hommes)」と言って、反対する人たちを説得したそうです。 結果はまさにナポレオンの思惑通り、と言ってよいかもしれません。

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祝!開設

皆さま、初めまして。謎のキャラクター、「バゲット」です。このたび、レコール・ド・フランセで公式ブログを開設することになり、その第一号執筆者に指名されました。 フランク&パスカルによれば、レコール・ド・フランセで第一号の生徒が私だそうですから、これも何かの因縁かもしれません。 投稿する記事の内容については、特に細かい指示は受けていません。フランスのニュース、四季折々の行事や出来事、フランスの社会や文化、フランス語の表現や文法、フランス語を勉強する上での「コツ」など、その時々の気分で書いていこうと思っています。 末永いお付きあい、よろしくお願いいたします。

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