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枝の上の鳥のように(comme un oiseau sur la branche)

投稿日:2020年10月12日

こんにちは。バゲットです。

私が若いころにはどこの大学でも第二外国語が必修で、大部分の学生はフランス語かドイツ語を選択していました。そのためフランス語の教師も仕事はたくさんありました。
事情が変わったのは2000年代半ばのこと。文部科学省が方針を転換し、大学で第二外国語を「必修」にする必要がなくなったのです。まずは入学偏差値下位の大学から第二外国語を「選択科目」とする大学が増え始め、ついで偏差値中位、さらには上位の大学・学部へと伝播します。そこに中国語の伸長と、2010年以降はスペイン語の人気も高まって、大学のフランス語の受講生は激減。私の勤務先の一つでは、2,000人以上いた履修者が400人台まで減りました。
その煽りを食ったのが教師たち。クラス数が減少し、専任の教員が定年退職しても、後任を採用しなくなる。小規模な大学・短大では、フランス語の授業が全面的に廃止されて、専任教員なのに解雇される事態まで生じます。非常勤講師には雇い止めや授業減が続出し、私自身も担当コマ数は一番多かったときの6割程度まで減っています。私の知人では大学教師では食べて行けなくなって、40代半ばで転職した人もいます。安い時給でアルバイトに明け暮れている人も、多分たくさんいるでしょう。今では大学のフランス語非常勤講師は、日本で最も不安定な職業の一つ(←とまで言ったら大げさかもしれませんがw)になってしまいました。

※     ※      ※

さて、フランス語に“être comme un/l’oiseau sur la branche”という表現があります。直訳すれば「枝の上の鳥のようである」。手元の仏和辞典を引いてみると、「地位が不安定だ、将来が心もとない」、Le Petit Robertでは“occuper une position précaire/不安定な地位にある”。換言すれば「いつクビになってもおかしくない」、まさに大学のフランス語講師の状況です(←自虐的な笑いw)。

枝の上の鳥のようである

ところが、別の仏和辞典によると、この表現にはもう一つ意味があって、「一ヶ所に長くとどまらない」。
ネットで検索してみると
http://www.linternaute.fr/expression/langue-francaise/15716/comme-l-oiseau-sur-la-branche/#:~:text=Comme%20l%27oiseau%20sur%20la,et%20origine%20de%20l%27expression)
“se dit d’un individu qui n’a pas d’opinion fixe et assurée, ou qui n’est pas sûr du chemin à prendre/しっかりした定まった意見を持っていない人、あるいは取るべき道について確信がない人について言われる”とあります。考えがフラフラ変わる人、職業を転々とする人、志望がコロコロ変わる人について言うのでしょう。
してみると、この表現、大学のフランス語講師が自虐的に、“Je suis comme l’oiseau sur la branche/オレは枝の上の鳥みたいなもんだよ”のようにも使えるし、優柔不断な友人や頻繁に転職する知人について、“Il est comme l’oiseau sur la branche/アイツは枝の上の鳥みたいなヤツだ”のように使うこともできますね(註)。

※       ※      ※

私は一昨年の春に住宅ローンの返済が終了し、非常勤講師という不安定な立場にいても、それをことさら心配する必要はなくなりました。しかし、興味の対象がコロコロ変わるという意味では、私の「枝の上の鳥」は死ぬまで治りそうにありません。
実際、私は高校時代から現在に至るまで、志望・関心事が大きく変化し続けています。研究者としてテーマが変遷するだけならまだしも、フルタイムで事務仕事をしたり、法律系の資格を三つ取ったり、英語のTOEICでperfect scoreを目指したりと、今、振り返ってみると「常軌を逸しているw」ようにも思えます。そうではなく、腰を落ち着けて一つのテーマで研究を続けていれば、私にももっと大きな仕事ができたかもしれません。
とは言え、世間では「初老」と言われる年齢になって、今更、生き方を変えることもできません。他人の目には、地に足がつかず、フラフラした人生を生きたように映るでしょうが、自分としては「これがオレの生き方なんだ」と、全面的に「肯定」したい気分です。

(註)この表現はどの辞書にも載っていますが、実際はめったに使わないようです。複数のネイティヴに確認してみたところ、ほとんどの人がこの表現を知りませんでした。

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