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花粉症(rhume des foins/allergie aux pollens)

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こんにちは。バゲットです。

2011年3月、東日本大震災のニュースは、フランスのテレビでも、連日トップで報道されました。ある日、国営チャンネルFrance2の夜のニュースで、福島原子力発電所からの放射性物質の漏れと拡散について報告する中で、東京(渋谷だと思いますが)の歩道を、マスクをした二人の若い男性が歩いている映像が流れました。
日本人の目には、その二人が花粉症対策でマスクをしていることは明白です。しかし、そうした事情を知らないフランスの視聴者が、福島から遠く離れた東京までも放射能に汚染されていると理解したのは、当然のことでした。
当時、日本在住のたくさんのフランス人が母国に避難しました。フランス人の教師が複数、突然に帰国してしまい、4月からの授業に支障をきたした大学もあったということです。あるフランス人教師から聞いたのですが、本人はあまり気にしなくても、フランスにいる家族たちがとても心配し、帰国するよう「懇願」するそうです。やはり、上記のようなニュース映像の影響力には、絶大なものがありますね。
※      ※      ※
さて、この原稿を書いている3月中旬は、花粉症の季節の真っただ中です。「日本に花粉症の患者は、一体、どのくらいいるのだろう」と思ってネットで調べてみると、国民の20%、25%、30%といろいろな数字が出てきます。圧巻(?)は昨年12月に発表された東京都の調査(花粉症実態調査)。なんと東京都民の48,8%がスギ花粉症に悩んでおり、その他の抗原も含めたアレルギー性鼻炎の症状のある人は62.3%。これはもう「国民病」と言ってもよさそうです。
花粉症
当然ですが、フランスにも、花粉症に苦しむ人は存在します。では、フランス語で「花粉症」は、どのように言うのでしょう。
干し草
Le rhume des foins です。 foins は牛や馬のエサにするための「干し草(↑)」ですから、rhume des foins は、直訳すれば「干し草の風邪」。英語でも hay fever と言いますね。ヨーロッパでは、干し草になるイネ科の植物の花粉が原因でアレルギーを起こす人が多いので、そのように言うようです。
もちろん、l’allergie aux pollens (花粉アレルギー)という言い方もあって、Je suis allergique aux pollens と言えば、「私は花粉アレルギーだ」という意味になります。
それでは、フランスには、花粉症の人はどのくらいいるのでしょう。フランス人の知人、何人かに聞いてみたところ、「最近は増えているようだが、日本よりはずっと少ないと思う」ということでした。花粉症に悩む方には、日本よりはフランスの方が過ごしやすいかもしれませんね。

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喉にネコがいる

私の喉にネコがいる(J’ai un chat dans la gorge)

こんにちは。バゲットです。 昨年、日本国内のペット飼育数の調査で、初めてネコがイヌを上回ったことは、マスコミでも大きく報道されたので、ご存知の方も多いでしょう。改めて確認してみたところ、2017年の時点で、日本人は953万匹のネコと892万匹のイヌを飼っています。飼育数が逆転したのは、イヌは散歩させなければならない等、飼い主の負担が大きいことによるようです。 それでは、フランスのペット(animaux domestiques/animaux de compagnie)事情は、どうなっているのでしょう。ネットで調べてみると、次の記事がヒットしました、「フランス人は相変わらずイヌよりもネコを多く飼っている(Les Français ont toujours plus de chats que de chiens)」。 この記事によれば、フランスの家庭には1350万匹の「ニャンコ(minou)」と、730万匹の「ワンコ(toutou)」がいます。ネコはイヌの二倍に近い。タイトルに「相変わらず(toujours)」とありますし、本文でも「2006年には1000万匹のネコがいて(Il y avait 10 millions de chats en 2006)」、「2000年には900万匹のイヌがいた(2000, où l’on comptait 9 millions de chiens)」と言っていますから、ネコの方が多いのは以前からの傾向で、しかもイヌは「数が減少し続けています(n’a pas cessé de décroître)」。やはり日本と同様で、飼育に手間がかかるのが敬遠されているようですね。 ※      ※      ※ さて、日本語には「ネコに小判」、「ネコの額」、「ネコの手も借りたい」など、「ネコ」を用いた表現がたくさんあります。フランス語でも「ネコ(chat)」という語を含む言い回しはたくさんあって、このブログでも以前、「ネコに舌をあげる(donner sa langue au chat)」を紹介しました。ナゾナゾやクイズの答えが分からないとき「降参する」と言う意味で、「ネコに舌をあげるかい=降参するかい(Tu donnes ta langue au chat)?」のように用いるのでしたね。 今回紹介したいのは、「喉にネコがいる(avoir un chat dans la gorge)」。 「私の喉にネコがいる(J’ai un chat dans la gorge)」のように用い、カゼを引いたり、大声をあげすぎたりして、「声がしゃがれている」という意味です。ネットの「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_un_chat_dans_la_gorge)」によれば、もともと「固まった小さな塊(petite masse agglomérée)=痰(crachat)」を意味するマトン(maton)という語が、「ネコ」を意味するマトゥー(matou)とすり替わって出来た表現だそうです。 でもそんなことを言わなくても、カゼを引いて喉がいがらっぽいとき、ミニチュアのネコが喉の奥を引っ掻いているというイメージは、何となく分かるような気もしますけどね。

織物のクレープが男性名詞

男のクレープと女のクレープ « le » crêpe et « la » crêpe

こんにちは。バゲットです。 今回もクレープのお話です。二回連続で、クレープが嫌いな方は「もう、うんざり(J’en ai marre !)」とお思いかも知れませんが、これで終わりですので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。 さて、前回は、フランスでは聖燭祭(la Chandeleur=2月2日)に、クレープ(la crêpe)を食べる習慣があることについて書きました。クレープ自体の起源として、二つの説があることも紹介しました。しかし、それに関しては、他にもいろいろな説があるようです。 現代の歴史研究によれば、人類は紀元前7000年(!)ごろには、いろいろな穀物(céréales)を粉にして水で溶き、平らな石の上で焼いて食べていたそうです。 他方で、現在私たちが食べているようなクレープについては、ブルターニュ地方(Bretagne)の郷土料理ガレット(galette)を起源とする説が有力です。ブルターニュは土地が痩せていて小麦の生産に適しないため、伝統的に、そば粉を溶いた生地を熱した丸い石(galet)の上で焼いて、食べていました。たまたまブルターニュを訪れたルイ13世の王妃アンナ(Anne d’Autriche, 1601-1666)がそれを気に入り、宮廷料理に取り入れて、その過程でそば粉が小麦粉に代わって、クレープに進化したというのです。 まあ、考えてみれば当然ですが、穀物は生で食べることはできません。水に入れて煮るか、すり潰して粉にして水で溶いて焼くか・・・等々して食べるしかないでしょう。そうだとすれば、実際にはクレープの発祥は「多発的」で、いろいろな地方でいろいろな人間集団が、穀物の食べ方の一つとして考案したと考えるのが、一番自然なのかもしれません。 ※      ※      ※ さて、「クレープ」はフランス語。その呼称は、日本語では「ちりめん」「縮み」などと訳される、繊維製品としての「クレープ(le crêpe)」(↓)に由来します。焼いたときにできる焦げ模様が、「ちりめん」を連想させるからです。 ここで気をつけなければならないのは、食べ物のクレープが女性名詞(une crêpe)であるのに対し、織物のクレープが男性名詞(un crêpe)であることです。 このようにフランス語では、同じ単語でありながら、男性名詞と女性名詞とで意味が異なるものがいくつかあります。たとえば、mode。この単語には「方法、様式」という意味と「流行」という意味の二つがあって、「生活様式」なら le mode de vie と男性名詞です。しかし、「流行」のときは女性名詞で la mode、「~が流行している」は、 être à la mode ですね。 あるいは「道徳、モラル」はla morale と女性名詞ですが、男性形で le moral と言えば「気力、士気」の意味になります。さらに、仕事上の「地位、ポスト」は le poste、「郵便、郵便局」は la poste。何でそうなるのかわからないのですが、とにかく、そうなのです。 他にも、un poêle=暖房機の「ストーブ」/une poêle=調理具の「フライパン」。Un manche=包丁や傘の「柄(え)」/une manche=上着やワイシャツの「袖(そで)」、un voile=女性がかぶる「ベール」/une voile=ヨットなどの「帆(ほ)」、などなど。 学生の方は、 mémoire に注意してください。「記憶」という意味のときは女性(la mémoire)ですが、「卒業論文」は un mémoire de licence と男性名詞です。 ※      ※      ※ 以上のような単語は、「自然に覚えればよい」などと考えていると、いつまでたってもゴチャゴチャのままでしょう。きちんと整理して、暗記するよう努めてください。

エミール・ゾラ

バカロレアに落ちちゃった?(Si je rate mon bac ?)

こんにちは。バゲットです。 フランスでは今年も7月6日、バカロレア(baccalauréat)=「大学入学資格試験」の合格発表がありました。 今年の受験者は753,000人超で、合格率は78.8%。僅差の不合格者には「追試(rattrapage)」がありますから、最終的な合格率は85%を超えそうです(ちなみに、17年の最終合格率は87.9%でした)。 日本人の感覚で面白いと思うのは、フランスではバカロレアのトップ合格者や最年少合各者がテレビで紹介されること。昨年のトップはレユニオン島(La Réunion)の女子生徒で、テレビのインタビューでは、満面の笑みを浮かべて、「勝因」と将来の夢を語っていました。これが日本だったら「受験競争を煽る」とか「高校教育をゆがめる」とか、あるいは端的に「差別だ」とか、さまざまな批判を浴びそうに思います。 さて、フランス語で「バカロレア合格者」のことを「バシュリエ(bachelier)」と言いますが、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには「世代ごとのバシュリエの割合(proportion de bacheliers dans une génération)」が記載されています。フランスの学校では飛び級も落第もあって、18歳でバカロレアを受験するとは限らないので、「世代」というあいまいな言い方をするのでしょう。それによれば、1970年に20.1%、80年に25.9%だったのが、2012年にはなんと「世代」の76.7%が「バシュリエ」です。現代の若い世代では、3/4以上の人がバカロレアに合格しているのです。 これは逆に言えば、バカロレアを持っていないと、労働市場で非常な苦戦を強いられることを意味します。実際、6日のテレビニュースで放映されたルポルタージュ「バカロレアなしで生きる(Vivre sans le baccalauréat)」に登場した若い女性は、「何年も失業状態にある(elle enchaîne plusieurs années de chômage)」と嘆いていました。 もっとも、バカロレアなしで社会的に成功している人たちも、確かに存在します。上記のルポでも28歳のIT技術者が紹介されていましたし、何年か前に見た別のルポにも、起業して成功した人や芸能界で有名になった人が出ていました。 ウィキペディアにも「バカロレアを持っていない著名人」が掲載されています。超有名どころでは小説家(『人間の条件』『王道』など)で文化大臣も務めたアンドレ・マルロー、俳優のアラン・ドロンとジェラール・ドパルデュー。他に私は知らない名前なのですが、有力政治家が何人もいるようです。さらに若いところでは、サッカーのジネディーヌ・ジダンと俳優のオマール・スィ。ジダンは少年時代からサッカー一筋だったのでしょうが、オマール・スィはひょっとしたら「落第」かも知れません。 私が「極めつき」だと思うのは、『居酒屋』『ナナ』などで有名な文豪エミール・ゾラ(Emile Zola)です。 ゾラはバカロレアに二回挑戦して、結局取得できませんでした。当時は「難関」だったのでしょうし、不合格だったことにはいろいろと個人的な理由もあるのでしょうが、その挫折の経験が、後年、下層の人々の悲惨な生活を描いた名作につながったのかも知れません。

なまいき娘(L'effrontée)

『なまいきシャルロット(l’effrontée)』

こんにちは。バゲットです。   多少なりともフランス文化に興味をお持ちの方なら、シャルロット・ゲンズブール(Charlotte Gainsbourg)はご存知でしょう。フランス語テキスト『スピラル』にも写真が載っていますから、「レコール・ド・フランセ」で初級の授業を受けられた方は、そちらで見たこともあると思います。 多彩な才能を発揮したセルジュ・ゲンズブールと美人女優ジェーン・バーキンとの間に生まれ、13歳で映画デビュー。2009年にはカンヌ映画祭で「女優賞」を受賞するなど、現代のフランスを代表する名女優の一人です。 さて、若い彼女を一躍スターダムに押し上げたのが、青春映画の名作『なまいきシャルロット』でした。 1985年公開の作品で、原題は『なまいき娘(L’effrontée)』。主演のシャルロットは、この演技でセザール賞新人女優賞を受賞しています。 誕生時に母を亡くし、父と兄と家政婦と暮らしているシャルロットは、13歳。特に熱中できることもなく、級友たちともうまくいかず、夏のバカンスを前にして、憂鬱な日々を過ごしています。イライラが募って、父や兄や、母親代わりの家政婦にまで当たり散らしてしまう始末です。そんな彼女が、父親の取引先で出会った青年に淡い恋をし、偶然知り合った同い年の天才ピアニストに「あなたのような付き人がほしい」と言われて、舞い上がってしまって・・・というストーリー。 思春期のちょっと背伸びしたい気分、恋することへの憧れと不安、戸惑いと恐れ。中学生の平凡な日常への苛立ちと、もっと広い世界への夢想、そして失望。そんな、誰でも経験したことがありそうな揺れる思いを、映画初主演のシャルロットが自然な演技で演じます。 フランスの田舎町を描く映像の美しさと、軽快な音楽。とりわけ、まだあどけなさの残る、ヒロインの弾けるような魅力。 本当に良い映画だと思います。この作品をもって、シャルロット・ゲンズブールの「代表作」と推す声もあるようです。 大きめのビデオ・ショップなら、どこでも置いてあるでしょう。お薦めですよ。

カトリーヌ・ド・メディシス

フランス史上最大の悪女 (la femme la plus méchante de l’histoire de France)

こんにちは。バゲットです。 フランス史上最も有名な女性と言えば、ジャンヌ・ダルク(Jeanne d’Arc)とマリー・アントワネット(Marie Antoinette)でしょう。共に数奇で悲劇的な運命を生きたため、彼女たちを巡っては多数の小説が書かれ、映画が作られ、はたまた日本ではマンガにまでなっています。その知名度においては、他の追随を許さないと言ってよいかもしれません。 で、今回紹介したいのは、フランス史上、(大差はあるものの)この両名に次いで有名な女性、カトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis、1519-1589)です。以前ここでマカロンについて書いたときに言及しましたので、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。(俗説のようですが)フランスにマカロンをもたらしたとされるのが、カトリーヌなのでした。 さて、ジャンヌ・ダルクが「救国の少女」、マリー・アントワネットが「亡国の王妃」(これも俗説でしょうが)だとすれば、カトリーヌ・ド・メディシスは「フランス史上最大の悪女」。下の肖像画なんて、見るからに権謀術数を巡らす悪徳政治家といった風情です。 名字(nom de famille)からも分かるように、カトリーヌはイタリア・メディチ家の出身です。メディチ家は14世紀に台頭した大富豪で、フィレンツェ共和国の事実上の支配者。一族からローマ教皇を二名も輩出するなど、当時は権勢をほしいままにしていました。 カトリーヌが「悪女」と言われる最大の理由は、彼女がサン・バルテルミの虐殺(Massacre de la Saint-Barthélemy)の首謀者とされていることです。 ユグノー戦争(Guerres de Religion, 1562-98)さなかの1572年、カトリーヌ(親戚がローマ教皇ですから、当然旧教徒)は、旧教徒と新教徒(ユグノー、huguenots)の融和を図るため、娘のマルグリット(後の王妃マルゴ、la Reine Margot)を新教徒の指導者アンリ・ド・ナヴァール(後のアンリ4世、Henri de Navarre, futur Henri Ⅳ)に嫁がせます。ところが8月24日、結婚を祝うためパリに集結していた新教徒たちを、カトリーヌが命じて虐殺したとされるのです。下の絵で、黒い服(夫の死後ずっと着ていた喪服)を着ているのが彼女でしょう。 その後、新教徒の虐殺はフランス全土に波及し、犠牲者の総数は30,000人とも言われています。 ※      ※      ※ さて、この原稿を書くために下調べをするまでは、私もカトリーヌを「フランス史上最悪の女」だと、固く信じていました。しかしネットで調べてみると、どうやら最近の研究では見方が変わっているようです。 そもそもサン・バルテルミの虐殺は、重臣たちによる「御前会議」で決まったことで、カトリーヌが一人で決めたわけではありません。しかもそこで決まったのは、新教徒の軍事上のリーダーたちを暗殺することだけでした。それが一般新教徒たちの虐殺にまで拡大したのは、予期せぬ偶然だったようです。 私は専門家ではないので、ネット情報の信憑性を判断することはできません。興味をお持ちの方は、ご自分で調べてみたらいかがでしょう。カトリーヌの人生も、ジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットの人生に劣らず波瀾万丈で、なかなか面白いのではないでしょうか。

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