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フランスのルパン三世(Lupin Ⅲ en France)

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こんにちは。バゲットです。

皆さまもご存知のように、今年のカンヌ映画祭(Festival de Cannes)では、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルム・ドール(Palme d’Or)を獲得しました。私は見ていないのですが(DVDになるのを待ちます)、タイトルの通り万引きで生計を立てる家族の話だそうで、街の商店主の方や警察関係者の方は、さぞかし苦々しい思いをされていることと思いますw。
さて、万引きというか、泥棒界のチャンピオンと言えば、アルセーヌ・ルパン(Arsène Lupin)。フランスの作家モーリス・ルブラン(Maurice Leblanc)が創造した「怪盗紳士」です。2004年にルパン生誕100年を記念して制作された映画(『ルパン』)があって、公開当時はかなり話題になったので、最近、何の気なしに見てみました。
映画自体はお話がゴチャゴチャしていて面白くなく、私は途中で放棄してしまいました。しかし印象的だったのは、作中のアルセーヌ・ルパンが日本のルパン三世とよく似ていることです。細身の身体、細面の顔ともみ上げ、微笑み方など顔の表情、ドタバタ調の走り方など、本当によく似ています。同様の指摘はネットでいくつも見つかりますから、両者の類似は私の単なる「主観」ではないでしょう。
「ルパン三世はフランスでも有名なのか」と思い、調べてみて、さらに驚愕しました。フランスにルパン三世は「存在」しなかったのです!
『ルパン三世』シリーズの原作者モンキー・パンチは、当初「ルパン」という名前の使用について、モーリス・ルブランの遺族から許可を得ておらず、そのため後になって著作権上の問題が生じたそうです。そして結局、「ルパン三世」の呼称は日本国内でのみ用いてよいことになりました。
で、さらに調べてみると、アニメ自体は、第一シリーズ(1971-72)全部と第二シリーズ(1977-80)の一部がフランスでも放映されています。ところが作品のタイトルもルパンの名前も変更されているのです。
ルパン
ルパン三世のフランスでの名前は「エドガール・ド・ラ・カンブリオール(Edgar de la Cambriole)」、伝説の怪盗紳士「ガスパール(Gaspard)・ド・ラ・カンブリオール」の「孫(petit-fils)」という設定です。宮崎駿監督の『カリオストロの城(Le Château de Cagliostro)』でも「エドガール」になっていました。なお、「ラ・カンブリオール」は、フランス語で「泥棒」という意味の普通名詞です。
他の登場人物の名前もフランス風に変えられていて、五右衛門は「ゴエモン(Goemon)」のままですが、次元は「イジドール(Isidor)」、不二子は「マガリ(Magali)」、銭形警部は「ガストン・ラコーニュ(Inspecteur Gaston Lacogne)」になっています(註)。
さて、モーリス・ルブランが逝去したのは1941年。著作権(70年)は2011年の末に失効しており、現在ではフランスでも「ルパン三世(Lupin Ⅲ)」の名前を使うことに障害はありません。そう言えば、銭形警部が出向したICPO(国際刑事警察機構)の本部が置かれているのも、フランスのリヨン(Lyon)です。
「ルパン三世」のアニメはフランスではあまりヒットしなかったようです。でも、「ルパン」の名前を出せば、ひょっとしたら人気に火がつくかもしれません。

註・日本のアニメの登場人物の名前をフランス風の名前に変えることは、フランスでは一般的に行われていることです。

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こんにちは。バゲットです。 私が子供のころ、千葉の農村地帯では三世代、四世代が同居するのが当然で、私も幼年時代は曾祖母・曾祖父に子守をされて育ちました。保育園に通うようになったのは、5歳の四月。小学校に入学する一年前です。 保育園は私の家からは2キロ以上も離れた大きめの集落にあって、その周辺に住んでいる子供たちはお互いに知り合いで友達も多かったのに対し、私には「友達」と呼べるような者は一人もおらず、入園当初はいつも寂しい思いをしていました。 まだ四月だったかもう五月に入っていたのか、強い雨が降ったある日、私は母が買ってくれた水色の雨ガッパを来て、保育園に行きました。園に着いてカッパを脱ぐと、皆が私を見て大笑いする。最初、なぜ笑われているのかわからなかったのですが、下を見ると、私はカッパと一緒にズボンまでも脱いでいたのです。自分で自分の顔が赤くなるのが、はっきりとわかりました。「恥ずかしい」という感情を生まれて初めて感じたのは、あのときだったように思います。     ※      ※      ※    さて、フランス語には、「トマトのように赤い(rouge comme une tomate)」という言い回しがあります。恥ずかしさや怒りで顔が赤くなったとき、たとえば、“Elle est devenue rouge comme une tomate(=彼女はトマトのように赤くなった)”のように用います。 トマトのように赤い 「トマト」の他にも「雄鳥(un coq)のように」「サクランボ(une cerise)のように」「ヒナゲシ(un coquelicot)のように」「シャクヤク(une pivoine)のように」「ザリガニ(une écrevisse)のように」「ロブスター(un homard)のように」もあるそうです。 形容する対象が男性か女性かによって、また赤くなる理由が怒りなのか恥ずかしさなのかによって、使い分けが必要になるでしょう。私のような中年男が恥ずかしさで顔を赤らめるとしても、「ヒナゲシのように」とは言わないww、ということです。 ですから、たとえば「彼は激怒した」は、“Il est devenu rouge comme un coq(=雄鳥のように)”で、若い女性について「彼女は頬を赤らめた」なら、“Elle est devenue rouge comme une cerise(=サクランボのように)”ですね。 ※      ※      ※ さて、話は飛びますが、トマトの原産がアメリカ大陸であることは、ご存知の方も多いでしょう。メキシコで栽培されていたのを、16世紀にスペイン人の征服者たちがヨーロッパに持ち帰ったのです。最初は観賞用で、その後イタリアや南フランスで食用にされていたのですが、フランス革命の際に南仏から人々が大挙パリに押し寄せて、その結果フランス全土に普及したそうです。 そんなトマトは、今やフランス料理には欠かせない食材の一つ。ニース風サラダ(salade niçoise)等のサラダにも用いますし、ラタトゥイユ(ratatouille)の材料としても不可欠ですし、またケチャップやソースを作るのにも必要です。 ジャガイモ(pomme de terre)もアメリカ大陸が原産ですが、やはりフランス料理では重要な食材です。他方、人気料理のクスクス(couscous)は北アフリカが起源で、第一次世界大戦中に工場労働者が大量に不足して、当時植民地だったアルジェリアから多くの人々を呼び寄せたことで、フランス本土に広まったものです。 そのように考えると、世界に誇るフランス料理も、決してフランス一国だけで確立されたものではないことがわかります。「正統派」と言われるフランス料理も、ちょっと歴史を遡れば、他国や他地域との交流によって生まれた「バイブリッド(hybride=雑種)」だったのですね

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せいぼひしょうてん/l’Assomption de Marie)の日なのでした

終戦と聖母被昇天祭(la fin de la guerre et l’Assomption de Marie)

こんにちは。バゲットです。 皆さま、お盆休みはどのように過ごされたのでしょうか。私は例年通り、千葉の実家に帰ってお墓参りをし、母や弟とおしゃべりをしたり家の近所を散歩したりして、数日ですがのんびりと過ごしました。 散歩の一環で、幼いころに通った小学校に数十年ぶりに行ってみると、校庭の隅に日清、日露、アジア・太平洋戦争の「戦没者の碑」が建っていました。「村」から出征して戦死した人たちの氏名と享年が刻まれた石碑です。140名ほどの名前があって、多くは20代前半。18歳、19歳で亡くなった人もいて、女性もいます。その数の多さと若さとに、哀れみと悲しさとやり切れなさが混じった、何とも言えない気分になりました。 さて、言うまでもなく、日本では8月15日がアジア・太平洋戦争の終戦記念日です。この日は、昭和天皇が玉音放送で国民に終戦を告知した日ですから、日本との間に大きな戦闘のなかったヨーロッパ諸国では終戦の日にはなりません。フランスでの「第二次大戦戦勝記念日(Victoire du 5 mai 1945)」は、ナチス・ドイツが降伏した5月8日で、「国民の祝日(fête nationale)」の一つです。 ところが意外なことに、フランスでは8月15日もまた「祝日」です。この日はフランスを始めとするカトリック諸国では、「聖母被昇天(せいぼひしょうてん/l’Assomption de Marie)」の日なのでした。 聖母被昇天 以前にも書きましたが、フランスは古くから「ヴァチカンの長女(la fille aînée de l’Église)」と言われ、世俗化された現代でも国民の60%以上がカトリック教徒です。そのため年間11日ある「国民の祝日」のうち、6日がキリスト教関係の日になっています。その一つ「聖母被昇天祭」は、その名のとおり、聖母マリアが天に召された日。 聖母マリアの像を掲げた宗教行列 その日、フランスのみならずベルギー、スペイン、イタリア等の各都市では、聖母マリアの像を掲げた宗教行列が行われます。上の写真でも左にマリアの像が写っていますね。行列が終わった後は、花火を上げる等のお祭りがあるそうです。 パリでは、前日14日の夜、セーヌ川にいくつもの船を浮かべて行列を行います。参加者(pèlerins=巡礼者)たちは手にロウソクを持って、祈りの言葉を唱えます。      ※      ※ この件について調べていて偶然に知ったのですが、カトリックではマリアは「原罪」を免れているそうで、しかもそれはイエスを身ごもったときに免れたのではなく、母アンナの胎内に宿ったときからそうだったということです。それが12月8日の出来事。なんと、真珠湾攻撃の日じゃないですか! つまり、日米の太平洋戦争はマリアの「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり/Immaculée conception)」の日に始まり、「聖母被昇天」の日に終わったのです!! 日本側は国家神道を掲げて戦ったわけですから、そうなると、これはもう「神々の戦い」と言ってもよい。で、現人神であるヒロヒトが聖母マリアに負けたわけ。何となく、もともと格が違いすぎて、勝ち目がなさそうな気もしますがw。 てか、聖母崇敬はカトリックの教義だから、プロテスタントが主流のアメリカとは関係ないかも知れないけどww。

花粉症

花粉症(rhume des foins/allergie aux pollens)

こんにちは。バゲットです。 2011年3月、東日本大震災のニュースは、フランスのテレビでも、連日トップで報道されました。ある日、国営チャンネルFrance2の夜のニュースで、福島原子力発電所からの放射性物質の漏れと拡散について報告する中で、東京(渋谷だと思いますが)の歩道を、マスクをした二人の若い男性が歩いている映像が流れました。 日本人の目には、その二人が花粉症対策でマスクをしていることは明白です。しかし、そうした事情を知らないフランスの視聴者が、福島から遠く離れた東京までも放射能に汚染されていると理解したのは、当然のことでした。 当時、日本在住のたくさんのフランス人が母国に避難しました。フランス人の教師が複数、突然に帰国してしまい、4月からの授業に支障をきたした大学もあったということです。あるフランス人教師から聞いたのですが、本人はあまり気にしなくても、フランスにいる家族たちがとても心配し、帰国するよう「懇願」するそうです。やはり、上記のようなニュース映像の影響力には、絶大なものがありますね。 ※      ※      ※ さて、この原稿を書いている3月中旬は、花粉症の季節の真っただ中です。「日本に花粉症の患者は、一体、どのくらいいるのだろう」と思ってネットで調べてみると、国民の20%、25%、30%といろいろな数字が出てきます。圧巻(?)は昨年12月に発表された東京都の調査(花粉症実態調査)。なんと東京都民の48,8%がスギ花粉症に悩んでおり、その他の抗原も含めたアレルギー性鼻炎の症状のある人は62.3%。これはもう「国民病」と言ってもよさそうです。 当然ですが、フランスにも、花粉症に苦しむ人は存在します。では、フランス語で「花粉症」は、どのように言うのでしょう。 Le rhume des foins です。 foins は牛や馬のエサにするための「干し草(↑)」ですから、rhume des foins は、直訳すれば「干し草の風邪」。英語でも hay fever と言いますね。ヨーロッパでは、干し草になるイネ科の植物の花粉が原因でアレルギーを起こす人が多いので、そのように言うようです。 もちろん、l’allergie aux pollens (花粉アレルギー)という言い方もあって、Je suis allergique aux pollens と言えば、「私は花粉アレルギーだ」という意味になります。 それでは、フランスには、花粉症の人はどのくらいいるのでしょう。フランス人の知人、何人かに聞いてみたところ、「最近は増えているようだが、日本よりはずっと少ないと思う」ということでした。花粉症に悩む方には、日本よりはフランスの方が過ごしやすいかもしれませんね。

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