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フランス語・不定冠詞と定冠詞(Les articles définis et indéfinis)(1)

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こんにちは。バゲットです。

久しぶりにフランス語の文法について書きましょう。

さて、私は英語のa/theの使い分けについて、中学校・高校できちんと教えてもらった記憶がありません。今になって考えてみると、先生自身もあまりよく理解していなかったのかもしれません。参考書等を読んでもピンと来ず(←細かすぎて、「普通」どのように使うのかがわからない)、そもそもわからなくてもテストで点数は取れるのでw、ずっといい加減なままになっていました。

そんな状態でしたから、大学に入ってフランス語を学んでも、やはり定冠詞と不定冠詞の違いはよくわかりませんでした。ようやくわかるようになったのは、大学院生になってからw。以前も書いたように、友人たちとフランス現代思想の原書の講読会をしたり、仏作文の練習にサン=テグジュペリの『人間の土地(Terre des hommes)』とカミュの『シーシュポスの神話(Le mythe de Sisyphe)』を暗記したり、あるいは語学学校に通ってフランス語会話を習ったりしているうちに、いつの間にか定冠詞と不定冠詞の区別もできるようになっていました。

おそらく冠詞の使い分けは、フランス語を勉強する日本人にとって、最も苦労する箇所の一つでしょう。ここで、できるだけコンパクトに、ザックリとまとめてみようと思います。

  • ※      ※      ※

まずは不定冠詞から。不定冠詞は、un+男性名詞単数形、une+女性名詞単数形、des+複数形で、「不特定」の「可算名詞」につけて用います。ここで「不特定」とは、「会話のその場面で特定されていない」ということ、もっと簡単に言えば「どれを指すか聞き手がわかっていない」、あるいは話し手にとっても聞き手にとっても「どれでもいい」ということです。

たとえば“J’ai un chat(=私はネコを飼っている)”は、聞き手はそのネコを知らないという前提での発言で(言うまでもなく、話し手はどのネコかわかっています)、聞き手がどのネコかわかっていないから、“un chat”。すでに何度かそのネコについて話したことがあるとか、聞き手が話し手の家に来てそのネコを見たことがあるときは、上の発言は飛ばして、いきなり“mon chat(=私のネコ)”と言えばいい。

また、どこかで見かけたイヌについて話すとして、初めて言及するときは、聞き手はどのイヌかわかりませんから、“un chien”。二度目以降は、「そのイヌ」だとわかりますから、“le chien/ce chien”と定冠詞や指示形容を用いるか、あるいは代名詞(il/le)で言い換えます。

さらに、八百屋さんで「リンゴを一つ下さい」と言うとき。このときは話し手にとっても聞き手にとっても「どれでもいい一つのリンゴ」ですから、“Donnez-moi une pomme”と、不定冠詞とともに用います。

複数形でも同様です。たとえば、「週末は何をするのが好きですか(Qu’est-ce que vous aimez faire le week-end ?)」と聞かれて、「友人たちと外出するのが好きです」と答えるとしましょう。そのときは、“J’aime sortir avec des amis”(←レコール・ド・フランセの初級用テキスト『スピラル/Spirale』の例文です)。ここで「友人たち」は、聞き手には具体的に「誰」を指すのかわからない「何人かの友人たち」ですから、“des amis”と不定冠詞を用います。もう一つ『スピラル』から引用すれば、“Tu voudrais faire quoi ce week-end ?(=キミはこの週末、何をしたいの)”に対しては、“Je voudrais voir des amis(=ボクは友人たちに会いたいな)”と、やはり不定冠詞(des)を使って答えています。ここでも「友人たち」は、聞き手にとっては不特定の、誰だかわからない「友人たち」だからです。

さて、注意しなければならないのは、不定冠詞をつけるのは「可算名詞」、つまり「一つ、二つ・・・」と数えることのできる名詞だということ。数えることのできない「不可算名詞」(=食べ物・飲み物、人間の性質・感情など)には不定冠詞ではなく、「部分冠詞」を用います。たとえば「私はビールを飲む」なら、“Je bois de la bière”ですね。なお、「数えられる」「数えられない」の区別は微妙な問題も含んでいますので、「部分冠詞」と合せて後日、書くことにしましょう。

次回は、定冠詞について書く予定です。

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レジオン・ドヌールには5つの「等級」

レジオン・ドヌール勲章(Légion d’honneur)(2)

こんにちは。バゲットです。 今回も、レジオン・ドヌール勲章について書きましょう。 さて、レジオン・ドヌールには5つの「等級」があって、下からシュヴァリエ(Chevalier=騎士)、オフィシエ(Officier=将校)、コマンドゥール(Commandeur=司令官)、グラントフィシエ(Grand-Officier=大将校)、グランクロワ(Grand-Croix=大十字)。フランス人の場合は、まずシュヴァリエに叙勲され、それからオフィシエ・・・とだんだん上がっていくそうですが、外国人の場合はそうではなく、その功績に応じて等級が決まります。 他方で、前回も書いたハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのように、一旦もらった勲章を「剥奪」されることもあります。フランス人の場合は、1年以上の禁固刑を受けたとき。ジスカールデスタン大統領の下「予算担当大臣」まで努めた大物政治家でありながら、その後、第二次世界大戦中のユダヤ人連行に関与したことが暴露された、モーリス・パポン(Maurice Papon)の例が有名です。それに対して、外国人の場合は、大統領令だけで取り消せます。ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノが再三にわたる人種差別発言で、ツール・ド・フランス7連覇のランス・アームストロングがその後のドーピング発覚によって、剥奪されています。 さて、日本人でも700人ほどの人が叙勲しているようですが、どんな人がもらっているのでしょう。調べてみると、古いところでは伊藤博文(!)、乃木希典(!)、野口英世(!)。最近では舛添要一さんや北野武さん、小池百合子さん、三木谷浩史さんなどがいるようです。驚いたのは「ヴェルサイユのバラ」の池田理代子さん。まあ、フランス国家に貢献したことは、言われてみれば、その通りだと思いますが・・・。 ※      ※      ※ 私は勲章など欲しいと思ったことは一度もありませんし、そんなもの欲しがる人の気が知れませんでした。皆さまもおそらく同様だろうと思います。 しかし、ここでちょっと想像をたくましくしてみましょう。もしも、仮に、自分の親しい先輩が勲章をもらったとしたら・・・。そしてその先輩の家の応接間に、その勲章が飾ってあったとしたら・・・。あるいは、自分と同程度の実績だと思っていたライバルがもらったとしたら・・・。その人が勲章のことをすごく自慢していたとしたら・・・。もしもそんなことになったら、やっぱり自分も、勲章が欲しいと思うのではないでしょうか。 実際、日本でも、受勲の法定条件である「70歳以上」になると、大企業の経営者たちが突然、政治家に働きかけを始めたり、メセナ活動に熱心になったりするそうです。ましてフランスのレジオン・ドヌールは、まず最下位のシュヴァリエを叙勲して、それから階級が上がっていくシステムです。大学を出て公務員になって、一生懸命働いて、人並みに出世して、法定条件の「公職に20年」を過ぎたら、誰だってそわそわし出すのではないでしょうか。そして一旦、シュヴァリエをもらったら、普通の人間の普通の感覚として、次はオフィシエが欲しくなるでしょう。 前回も書いたように、ナポレオンは、レジオン・ドヌール勲章の制定に際して、「あなた方はそれを玩具だと言うが、人が人間を動かすのは玩具を用いてなのだ(Vous les appelez les hochets, eh bien c’est avec des hochets que l’on mène les hommes)」と言って、反対する人たちを説得したそうです。 結果はまさにナポレオンの思惑通り、と言ってよいかもしれません。

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祝!開設

皆さま、初めまして。謎のキャラクター、「バゲット」です。このたび、レコール・ド・フランセで公式ブログを開設することになり、その第一号執筆者に指名されました。 フランク&パスカルによれば、レコール・ド・フランセで第一号の生徒が私だそうですから、これも何かの因縁かもしれません。 投稿する記事の内容については、特に細かい指示は受けていません。フランスのニュース、四季折々の行事や出来事、フランスの社会や文化、フランス語の表現や文法、フランス語を勉強する上での「コツ」など、その時々の気分で書いていこうと思っています。 末永いお付きあい、よろしくお願いいたします。

他に鞭打たなければならないネコがいる

ネコを鞭打つ(fouetter un chat)

こんにちは。バゲットです。 2018年8月のネット記事によれば、フランスには1,350万匹のネコと730万匹のイヌがいるそうです(https://particulier.sollyazar.com/actualites/les-chiffres-cles-des-chiens-et-chats-en-france)。日本では、やはり2018年の統計で、ネコが965万匹、イヌが890万匹ですから、フランスの人口(6700万人)が日本の半分程度であることを考慮すると、人口比でいえばフランス人は日本人の2.6倍のネコと1.5倍のイヌを飼っていることになります。 別の統計(←ちょっと古いのですが)によれば、ネコとイヌに、ハツカネズミ、ハムスター、鳥と魚を加えると、フランスには6,000万匹のペット(animaux de compagnie)がいるそうです。ほとんど人口一人当たりに一匹の計算になりますね。 ※      ※      ※ さて、フランス語にはペットの名前を用いた慣用句がたくさん存在します。このブログではそんな言い回しをいくつか紹介してきましたが、今回紹介したいのが、“avoir d’autres chats à fouetter(=他に鞭打たなければならないネコがいる)”。ご参考までに英語に直訳すれば、“have others cats to whip”。“à fouetter”は、英文法風に言うと「to 不定詞の形容詞用法」です。 ネコを鞭でひっぱたくとは、虐待するみたいで穏やかな話ではありません。ネコ好きの方の中には、「何てことをするのだ!」と怒髪天をつく(?)方もいらっしゃるかと思います。でも、この表現はあくまでも比喩であって、実際にネコをいじめるわけではないのでご安心くださいませ。 いつものように「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_d’autres_chats_à_fouetter)」で調べてみると“avoir d’autres préoccupations(=他に心配事がある), avoir quelque chose à faire de bien plus important(=もっとずっと重要な、しなければならないことがある)”、と出てきます。別のサイトでも“avoir des préoccupations plus importantes(=もっと重要な心配事がある)”とあります。要するに、「他にやらなければならないことがある」ということですね。 他人から何かを頼まれたり、勧められたりしたとき、“J’ai d’autres chats à fouetter(=私には他に鞭打たなければならないネコがいる)”と言えば、「他にしなければならない用事があるから、私には出来ない」という意味。部下や同僚から提案があって、「その前にもっと優先しなければならない仕事があるだろう」と却下するときは、“Nous avons d’autres chats à fouetter(=私たちには他に鞭打たなければならないネコがいる)”と言えばよい。 さて、それにしても、なぜネコを鞭で打つのでしょう。さらに調べてみると、フランス語には、過失など否定的な出来事について「たいした失敗ではない」、「それは重大なことではない」という意味で、“Il n’y a pas de quoi fouetter un chat(=ネコを鞭打つほどのことでもない)”という言い回しがあるそうです。そこから派生した表現のようですね。 ※      ※      ※ 現在、千葉の私の実家では、ネコを二匹飼っています。3年ほど前にどこかからオスのクロネコがやって来て、母がエサをあげたら居着いてしまい、翌年さらにケガをしたメスの子ネコ(←恐らく近くの山の中に捨てられた)がやってきて、それをクロネコが「受け入れた」ため、実家で飼うことになったのです。 二匹とも、ときどき帰省する私のことは怖がって、近づくと逃げてしまいます。私はネコ好きなので、ちょっとショックです。十日くらい実家にいれば、私にもなついてくれるのでしょうが、仕事があって、なかなかそうもいきません。何か、短期でネコをなつかせる名案はないものでしょうか。 「マタタビでもあげてみるかw」とヒラメいたので、冗談半分にネットで検索してみると、なんと、ネコ用の「マタタビ」がいくつもヒットするじゃないですか!!! 今度の週末、渋谷で探してみることにしますw。

雪だるま

雪だるまを作る(faire un bonhomme de neige)

こんにちは。バゲットです。 今年の冬は全国的に猛烈な寒波に襲われて、東京でも数年ぶりに積雪が、しかも二回もありました(2月5日現在)。公園や小学校の校庭で、雪だるまを作って遊んだ子供たちもいたでしょう。 私が子供の頃(1960年代)は、まだ地球温暖化の影響も顕著でなく、私が育った地域(房総半島の真ん中あたり)でも毎年たくさん雪が降りました。私自身は雪だるまを作ったことはないのですが、小学校では「〇〇くんが作った」という類いの噂をよく耳にしたのを覚えています。 中学校の英語の授業で、「雪だるま」を英語で snowman と言うことを知ったときも、その後、フランス語では bonhomme de neige と言うことを知ったときも、私は特に何の感慨も持たなかったように思います。しかし、遠く離れた日本と欧米で、子供たちが(あるいは大人たちも)同じように雪人形を作って遊んでいることは、考えてみれば不思議です。 もちろん、日本と欧米の雪人形は全く同じというわけではなく、形状や素材に若干の違いはあるようです。日本では大小二つの雪玉で人形を作るのが一般的ですが、欧米では上の写真のように三つの雪玉(フランスは普通二つだとか)から作り、目や口や服のボタンには小石を使い、ニンジンで鼻をつけて、木の枝で腕をつけます。木炭は、ヨーロッパでは希少だそうで、使いません。 さて、歴史的に見て、雪だるまを作る習慣はいつ頃からあったのでしょうか。調べてみると、西欧では、14世紀末に書かれた本(ハーグ王立図書館所蔵の「時祷書」)の欄外に雪だるまが描かれており、それが「現在知られている最古の視覚史料」だそうです。日本では江戸時代後期の歌川広景の浮世絵に描かれているとのこと(以上、ウィキペディア日本語版から)。 さらにネットで検索しまくると、日本では『源氏物語』第20帖「朝顔」で、女の子たちが雪の玉を作っているとか、『日本書紀』(奈良時代前期)の中にも雪遊びについての記述があるとか出てきますが、「人形」とか「だるま」とは書いてない。まあ、日本人は縄文時代から「土偶」を作っていたわけですから、雪だるまだって、太古の昔から作っていたのでしょう。それは恐らくヨーロッパも同様で、古代ケルト文明でも人形は作られていたようなので、雪の降る地方では、昔から雪人形を作っていたのだと思います。 日本と西欧で、一方から他方に習慣が「伝播」したわけではなく、それぞれ自然発生的に雪人形を作るようになったと考えると、なかなか面白く感じます。 そもそも、なぜ人間は人形なんか作りたがるのでしょうか。少し考えてみたいですね。

彼女は桃を持っている

彼女は桃を持っている(Elle a la pêche)

こんにちは。バゲットです。 「桃」の話が二回続いた後、「農業見本市」を挟んで、今回は三度「桃」のお話です。桃も農業も嫌いな方(←もしいればw)は、「もう、うんざり(J’en ai ras le cul !)」とお思いかもしれません。でも、「桃」だけでなく、出血大サービス(?)で「バナナ」や「ジャガイモ」にも触れますので、どうか我慢して最後までおつき合いくださいませ。 さて、前回の記事(「パリ国際農業見本市」)でも少し書いたように、フランスはヨーロッパ随一の農業国です。そのためか、フランス語には農作物や家畜の名前を用いた慣用句がたくさんあります。その中から、先日はse fendre la pêche/la poire(自分の桃/梨を割る=大笑いする)を紹介しました。で、今回紹介したいのがavoir la pêche(桃を持っている)です。 Elle a la pêche (彼女は桃を持っている)のように使いますが、定冠詞(la)とともに用いることに注意してください。 ネットでこの表現を検索してみると(→https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_la_pêche)、avoir plein d’énergie, d’entrain と出てきます。直訳すれば「たくさんのエネルギー、たくさんの元気を持っている」。他のサイトでは、être en forme=「元気、好調だ」、être dynamique=「活気にあふれている」とあります。ですから、Elle a la pêche と言えば、「彼女は元気ハツラツとしている」ということですね。 それは身体的な面で「調子がいい、元気だ」というだけでなく、心理的・精神的なレベルも含意します。たとえば、彼女は会社で希望の部署に配属されて「バリバリ働いている」といった場合です。あるいは、もうすぐゴールデン・ウイークだから「ウキウキしている」などでも使えます。彼女がスポーツ選手なら、「調子がいい=気力・体力ともに充実している」というニュアンスですね。 もちろん否定文でも用います。Elle n’a pas la pêche(彼女は桃を持っていない)と言えば、彼女は「疲れている」とか、恋人と別れて「落ち込んでいる」という意味。何となく元気のない友達に、Tu n’as pas la pêche ? (桃を持っていないの)と話しかけるのもOKです。 私は知らなかったのですが、挨拶でも使うそうです。 Tu as la pêche ?、あるいは省略して単に La pêche ? で、「元気かい?」。 別ヴァージョンもあって、「桃」の代わりに la banane(バナナ)、la patate(ジャガイモ・サツマイモ)、la frite(フライドポテト)も使えます。 ですから、「彼女は元気だ」は、Elle a la banane/la patate/la frite(彼女はバナナ/ジャガイモ/フライドポテトを持っている)でもいい。 なぜそのような言い回しで「元気だ」という意味になるのかは、上記のそれぞれについて違った説明がなされるのですが、「桃」については起源は「不詳(flou=はっきりしない)」。でも、あるサイトには「桃が不死と健康の徴である中国文化から来たようだ」とありました。「バナナ」は、満面の笑みを浮かべたとき、口がバナナのような形になることから「幸せだ(être heureux)」「微笑んでいる(être souriant)」の意味になり、それが「元気だ」の意でも用いられるようになったようです。 なお、以上は全てくだけた言い方なので、使えるのはもっぱら友人や家族との会話でのみ。職場で上司やお客さんに向かって言うのは、避けた方がよいでしょう。 ※      ※      ※ 私事で恐縮ですが(てか、「私事」はいつも書いていますがw)、この春休みはフランス語で専門書を二冊読むなど、かなり勉強しました。三月の末には少し休暇を取ろうと思っています。J’ai la pêche ! (私は桃を持っている)

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