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オシッコ・テロに気をつけて!(Faites attention aux attentats au pipi !)

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こんにちは。謎のキャラクター、バゲットです。

去年の12月の初めごろでしたが、都心の某大学で授業を終えて、帰途、永田町で半蔵門線に乗り換えたときのこと。夕方のラッシュアワーで電車は割と混んでいたにもかかわらず、どういうわけか優先席の6席が空いていました。疲れていたので「これ幸い」とばかりに座ったところ、しばらくしてお尻が冷たくなるのを感じます。あわてて立ち上がってよく見ると、優先席はすべて何かでびっしょりと濡れているのです。家に帰ってジーパンを脱ぎ、臭いを嗅ぐと、明らかに小便臭い。私はウンザリして洗濯し、すぐにお風呂に入ったのでした。

このように、公共交通機関の座席を小便でビショビショにし、気づかずに座った乗客のズボンを汚してしまう。これはもう一種の無差別テロ(attentat aveugle)と言っても過言ではないでしょう!あの小便の量から考えて、単独犯ではありえません。思想背景等は不明ですが(てか、もしも「思想背景」があったら、それはそれで面白いかもしれませんがw)、おそらく日本政府もしくは東京都庁(=東京メトロの株主)に敵意を持つどこかのテロリスト集団が、地下鉄の乗客を標的にテロ攻撃を敢行したのです。「爆弾テロ」を“attentat à la bombe”と言いますから、これはまさに“attentat au pipi(=オシッコ・テロw)”。私は運悪くそれに巻き込まれてしまったということなのでしょう。最近は東京も物騒(?)になったものですね・・・。

ということで、今回は「トイレ」のお話ですw。

  • ※      ※      ※

さて、フランス語で「トイレ」は“les toilettes”。必ず複数形で用いて、個人の家で便器が一つしかなくても複数です。「汚い」「恥ずかしい」というイメージがあるので、意味をぼかすため複数にする「婉曲表現」だと聞いたことがありますが、今回改めて調べてみると諸説あるようで、なぜ複数にするのか正確なことはわかりませんでした。なお、単数形で、たとえば“faire sa toilette”と言うと、「お化粧をする、身支度をする(←男性にも使います、ネコが顔を洗うときにも使いますw)」という意味になるので、気をつけてください。

「ちょっとトイレに行ってくる」は“Je vais aux toilettes”、あるいは近接未来にして“Je vais aller aux toilettes”。遠回しに「手を洗う」と言うこともできて、それだと“Je vais me laver les mains(=手を洗ってくるよ)”です。友人の家でお手洗いを借りたいときは、“Je peux (aller) me laver les mains ?(=手を洗ってきてもいいかい)”と言えばいい。もちろんもっと直接的に、“Est-ce que je peux utiliser les toilettes ?(=トイレを使ってもいいかい)”と言うこともできます。

他にも同じ意味の表現はたくさんあって、たとえば“faire pipi(=おしっこをする)”は、「幼児語」。“faire ses besoins(=必要なことをする)”は、日本語の「用を足す」と同じ発想なのでしょうが、多くはイヌなど動物に用いて、人間が自分のことでは言わないそうです。

faire pipi:  » (=おしっこをする)

また、“se soulager(=スッキリする)”は口語で冗談めかした表現で、ネイティブ二名に聞いてみたところ、二人とも「普通は言わない」とのことでした。

反対に「我慢する」は“se retenir”。これも自分についてはあまり使わないようで、たとえば子供が「オシッコがしたい」と言ったとき、“Retiens-toi(=我慢しなさい)”や“Est-ce que tu peux te retenir ?(=我慢できる?)”のように用います。

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私は若いころ、腎臓結石を患ったことがあって、そのとき担当医から、再発を防ぐため一日に二リットルの水を飲むように勧められました。それ以来ずっと、「水」ではありませんが、緑茶または紅茶を毎日二リットル以上飲むようにしています。幸い結石は一度も再発していません。

それはよいのですが、大量に水分を摂取すると、当然トイレは近くなり、私は毎日、10回以上(15回くらい?)もお手洗いに行っています。特に朝が厳しくて、家を出る前に二~三回行き、さらに駅で行ったり、ときには電車を途中で降りてトイレに行くこともあります。満員電車の中で漏らしてしまい、私自身が「オシッコ・テロリスト」になったりしたら、冗談ではすみませんw。

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エマニュアル・ベアール

『愛と宿命の泉』(Jean de Florette/Manon des sources)

こんにちは。バゲットです。 今回紹介したいのは、映画『愛と宿命の泉』(1986年)。フランス人の知人が「生涯で見た最高の映画の一つ」と熱烈に勧めるので見てみたところ、私にとっても忘れられない作品となりました。 原作は文豪マルセル・パニョル(Marcel Pagnol)の小説『丘の泉(L’eau des collines)』。『愛と宿命の泉』というタイトルは日本の配給会社がつけたもののようで、映画は『フロレット家のジャン(Jean de Florette)』と『泉のマノン(Manon des sources)』から成る二部作です。 まず、『フロレット家のジャン』。 舞台は1920年代、南フランスの山村です。村の実力者パペ(イヴ・モンタン/Yves Montand)は初老の独身男で、甥のユゴラン(ダニエル・オートゥーユ/Daniel Auteuil)を実の息子のように可愛がっています。ユゴランはカーネーションの栽培を夢みて、丘の上の、泉を持つ農場を購入したいと考えます。 その農場の所有者が亡くなって、身内に当たるセムシ男のジャン(ジェラール・ドパルデュー/Gérard Depardieu)が、町から家族をつれてやって来ます。ジャンは一生懸命に働きますが、このとき農場には泉が無い。実はパペとユゴランが、彼の農業を失敗させようと、泉をセメントでふさいでしまったのです。水を得るには、長い距離の山道を歩かなければなりません。何も知らないジャンは、井戸を掘ろうと火薬を仕掛けるのですが・・・。 ジャンの娘、幼いマノンが泉の秘密を知ったところで、第一部は終わります。 次に、『泉のマノン』。 十年がたち、ジャンの娘マノン(エマニュアル・ベアール/Emmanuelle Béart)は美しい女性に成長しています。彼女は村に残って、羊飼い(山羊ですが)をして暮らしています。 水浴するマノンを偶然見かけたユゴランは、その美しさに圧倒されて、たちまち恋に落ちてしまいます。しかし、マノンには相手にしてもらえない。 ある日、迷子の山羊を追ったマノンは、隠された岩陰に、ふもとの村の水源を見つけます・・・。 一種の復讐譚ですが、マルセル・パニョルの原作だけあって、ストーリーがスリリングであるばかりでなく、人間の描き方に多面性と深み、あるいは「凄み」がある。 根は善人であるユゴランが、セムシのジャンを騙すときの、葛藤、そして良心の呵責。マノンを愛したときの、喜びと情熱、苦悩と絶望。オートゥイユはこの演技で、セザール賞主演男優賞を受賞しました。 さらに、復讐を遂げつつあるマノン=エマニュエル・ベアールの、背筋が凍りつくような美しさ。彼女もこの演技で、セザール賞助演女優書を受賞。 そして、極悪人のように見えたパペが、実は意外な過去を持っていたことが結末で明かされます。 それぞれの登場人物が、それぞれに人を愛し、そのために思惑を持ち、その思惑が交錯するとき、悲劇となる。 世評の高い作品なので、どこの「ツタヤ」にもあると思います。本当に、お薦めですよ。 なお、白水社からシナリオの対訳が出ていますので、興味のある方は、そちらもどうぞ。

トマトのように赤い(rouge comme une tomate)

こんにちは。バゲットです。 私が子供のころ、千葉の農村地帯では三世代、四世代が同居するのが当然で、私も幼年時代は曾祖母・曾祖父に子守をされて育ちました。保育園に通うようになったのは、5歳の四月。小学校に入学する一年前です。 保育園は私の家からは2キロ以上も離れた大きめの集落にあって、その周辺に住んでいる子供たちはお互いに知り合いで友達も多かったのに対し、私には「友達」と呼べるような者は一人もおらず、入園当初はいつも寂しい思いをしていました。 まだ四月だったかもう五月に入っていたのか、強い雨が降ったある日、私は母が買ってくれた水色の雨ガッパを来て、保育園に行きました。園に着いてカッパを脱ぐと、皆が私を見て大笑いする。最初、なぜ笑われているのかわからなかったのですが、下を見ると、私はカッパと一緒にズボンまでも脱いでいたのです。自分で自分の顔が赤くなるのが、はっきりとわかりました。「恥ずかしい」という感情を生まれて初めて感じたのは、あのときだったように思います。     ※      ※      ※    さて、フランス語には、「トマトのように赤い(rouge comme une tomate)」という言い回しがあります。恥ずかしさや怒りで顔が赤くなったとき、たとえば、“Elle est devenue rouge comme une tomate(=彼女はトマトのように赤くなった)”のように用います。 トマトのように赤い 「トマト」の他にも「雄鳥(un coq)のように」「サクランボ(une cerise)のように」「ヒナゲシ(un coquelicot)のように」「シャクヤク(une pivoine)のように」「ザリガニ(une écrevisse)のように」「ロブスター(un homard)のように」もあるそうです。 形容する対象が男性か女性かによって、また赤くなる理由が怒りなのか恥ずかしさなのかによって、使い分けが必要になるでしょう。私のような中年男が恥ずかしさで顔を赤らめるとしても、「ヒナゲシのように」とは言わないww、ということです。 ですから、たとえば「彼は激怒した」は、“Il est devenu rouge comme un coq(=雄鳥のように)”で、若い女性について「彼女は頬を赤らめた」なら、“Elle est devenue rouge comme une cerise(=サクランボのように)”ですね。 ※      ※      ※ さて、話は飛びますが、トマトの原産がアメリカ大陸であることは、ご存知の方も多いでしょう。メキシコで栽培されていたのを、16世紀にスペイン人の征服者たちがヨーロッパに持ち帰ったのです。最初は観賞用で、その後イタリアや南フランスで食用にされていたのですが、フランス革命の際に南仏から人々が大挙パリに押し寄せて、その結果フランス全土に普及したそうです。 そんなトマトは、今やフランス料理には欠かせない食材の一つ。ニース風サラダ(salade niçoise)等のサラダにも用いますし、ラタトゥイユ(ratatouille)の材料としても不可欠ですし、またケチャップやソースを作るのにも必要です。 ジャガイモ(pomme de terre)もアメリカ大陸が原産ですが、やはりフランス料理では重要な食材です。他方、人気料理のクスクス(couscous)は北アフリカが起源で、第一次世界大戦中に工場労働者が大量に不足して、当時植民地だったアルジェリアから多くの人々を呼び寄せたことで、フランス本土に広まったものです。 そのように考えると、世界に誇るフランス料理も、決してフランス一国だけで確立されたものではないことがわかります。「正統派」と言われるフランス料理も、ちょっと歴史を遡れば、他国や他地域との交流によって生まれた「バイブリッド(hybride=雑種)」だったのですね

ピンクのチョコレート

ピンクのチョコレート(le chocolat rose)

こんにちは。バゲットです。   もう30年近くも昔、私が初めてフランスに滞在したときのこと。ある日、日本人の友人が、カフェのカウンターで「アン・ショコラ・ショ、スィル・ヴ・プレ(s’il vous plaît)」と言いました。何のことか分からなかったので、聞いてみると、「ココア」だと答えます。「chocolat chaud=ホット・チョコレート」ですね。私はちょっと驚きました。そのとき初めて、フランス語ではチョコレートとココアの区別がないことを、はっきりと意識したからです。 そんなことを思い出して、調べてみると、チョコレートはもともとアメリカ大陸原住民の飲み物で、16世紀にヨーロッパに伝わったということです。「チョコレート」の語源は、諸説あるようですが、要するに「不詳」。19世紀半ばにイギリスで初めて固形のチョコレートが考案されるまで、「チョコレート」と言えば飲み物だった。ということは、「ココア」(=飲み物)の方が本家だったのですね。 ※      ※     ※ さて、昨年、スイスの製菓会社が世界で初めてピンクのチョコレートを開発したことは、フランスではちょっとしたニュースになりました。保守系高級紙「フィガロ」の電子版でも紹介されています(chocolat rose)。フランスのテレビ局TV5で、フランス語学習用教材にも使われましたから、そちらでご存知の方もいらっしゃると思います。 上の「フィガロ」の記事によれば、「上海にて、スイス企業バリーカレボーが新製品ルビーを発表しました(C’est à Shanghai que l’industriel suisse Barry Callebaut a présenté son dernier-né : le Ruby)」。それは「バラ色であるという特徴(la particularité d’être de couleur rose)」を持ったチョコレートで、コートジボワール、ブラジル、エクアドルの「遺伝子組み換えではない(qui ne sont pas génétiquement modifiées)」カカオ豆を用いて、「秘密の技術的方法によって(grâce à un procédé technique gardé secret)」、「香料も着色料も添加せずに(sans ajout d’arôme ni de colorant)」作られたそうです。 つまり、遺伝子組み換えで特殊なカカオ豆を作ったわけではないし、着色料でピンクに染めたわけでもない。新技術の開発によって、通常のカカオ豆からピンクのチョコレートを作り出した、ということです。 個人的に、同じくらい驚いたのは「ホワイトチョコレートの誕生から80年後(quatre-vingts ans après la naissance du chocolat blanc)」とあったこと。私は、ホワイトチョコレートは着色料で白く染めたと固く信じていたのですが、とんでもない誤解でした。 記事には去年の「9月5日(5 septembre)」とあります。それではこのピンクのチョコレート、もう日本でも売っているのでしょうか。気になる方は、問い合わせてみたら、いかがでしょう。

男性名詞と女性

フランス語・男性名詞と女性名詞(les noms masculins et les noms féminins)(1)

こんにちは。バゲットです。 たまには趣向を変えて、今日はフランス語の文法について書きましょう。 多くの場合、フランス語の勉強を始めたばかりの方が、まず最初に戸惑うのは、名詞に「性」があることではないでしょうか。「男性名詞」「女性名詞」って、いったい何なの、と。英語には無いですものね、いいそんなもの。 なぜフランス語の名詞には、「性」があるのでしょう。 それは・・・・・・ラテン語にあったからです(笑)。 では、なぜラテン語の名詞には、「性」があったのでしょう。 それは・・・・・・分りません(笑)。どういう訳か、あったのです。 無責任にいい加減なことを言っているのではなく、専門の言語学者たちも「分らない」ということです。大昔のことですから、「万物に霊が宿る」といった考え方(「アニミズム」と言いますが)に基づいているのかもしれませんが、いずれにせよ「単なる推測」に過ぎず、学問的な証拠は無いそうです。 ※       ※      ※ さて、すでにフランス語の勉強を始めている方はご存知のように、名詞の「性」は、人間を指す名詞(家族関係、職業、国籍など)の場合、その人自身の性別に対応します。「お父さん(père)」「男性のパン屋さん(boulanger)」「男性の日本人(Japonais)」は男性名詞で、「お母さん(mère)」「女性のパン屋さん(boulangère)」「女性の日本人(Japonaise)」 は女性名詞です。 ペットや家畜など身近な動物についても、人間に準じて、男性/女性を使い分けることがあります。例えば、ネコは一般に男性名詞(chat)ですが、あえて「メス猫」と言いたいときは女性形(chatte=女性名詞)を用います。 さて、問題なのはそれ以外の名詞。何の根拠もなく、「男性」と「女性」があるのです。単語の持つイメージは関係ありません。「愛(amour)」は男性ですし、「戦争(guerre)」は女性です。一般に「戦い」を意味する名詞(lutte[闘争]、 bataille[戦闘]、 querelle[けんか]、bagarre[乱闘]など)は、女性名詞が多いようです。戦争の女神アテナ(ギリシャ神話ですが)が女性だからなのかも知れませんが、いずれにしてもただの「憶測」です。 この点について、私が大学生だったとき、ある著名な文化人類学者・言語学者の先生がおっしゃっていました、男性名詞/女性名詞という呼び方自体が「便宜的」なものだと考えた方がよい、と。 つまり、冠詞のつけ方(un/une、 le/la・・・)や形容詞の変化(petit/petite・・・)などによって、名詞は二種類に分類でき、二種類あるから、便宜的に一方を「男性」、他方を「女性」と呼んでいるだけだ、と。換言すれば、呼び名は、二対になるものなら何でもよかったのです。「東西」でも「左右」でも「陰陽」でも「凹凸」でも、よかった。それをたまたま、「男女」と呼んでいるだけ、ということです。 さて、そのような名詞の「性」については、名詞を覚えるときに不定冠詞をつけて覚えるとよい、と言われます。ペンだったらun stylo、本は un livre、テーブルは une table、腕時計は une montre、といった具合です。 私もフランス語を始めたころは、そのようにして覚えていましたが、たくさん覚えるといつの間にかゴチャゴチャになって、分らなくなってしまいます。何より、普通は不定冠詞をつけて用いない名詞もあります。「ご飯(riz)」や「勇気(courage)」などの、「不可算名詞」です。 では、男性名詞/女性名詞の区別は、どのように覚えたらよいのでしょう。いくつか「コツ」があるように思います。次回は、それについて、書きましょう。 (続く)

レジオン・ドヌールには5つの「等級」

レジオン・ドヌール勲章(Légion d’honneur)(2)

こんにちは。バゲットです。 今回も、レジオン・ドヌール勲章について書きましょう。 さて、レジオン・ドヌールには5つの「等級」があって、下からシュヴァリエ(Chevalier=騎士)、オフィシエ(Officier=将校)、コマンドゥール(Commandeur=司令官)、グラントフィシエ(Grand-Officier=大将校)、グランクロワ(Grand-Croix=大十字)。フランス人の場合は、まずシュヴァリエに叙勲され、それからオフィシエ・・・とだんだん上がっていくそうですが、外国人の場合はそうではなく、その功績に応じて等級が決まります。 他方で、前回も書いたハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのように、一旦もらった勲章を「剥奪」されることもあります。フランス人の場合は、1年以上の禁固刑を受けたとき。ジスカールデスタン大統領の下「予算担当大臣」まで努めた大物政治家でありながら、その後、第二次世界大戦中のユダヤ人連行に関与したことが暴露された、モーリス・パポン(Maurice Papon)の例が有名です。それに対して、外国人の場合は、大統領令だけで取り消せます。ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノが再三にわたる人種差別発言で、ツール・ド・フランス7連覇のランス・アームストロングがその後のドーピング発覚によって、剥奪されています。 さて、日本人でも700人ほどの人が叙勲しているようですが、どんな人がもらっているのでしょう。調べてみると、古いところでは伊藤博文(!)、乃木希典(!)、野口英世(!)。最近では舛添要一さんや北野武さん、小池百合子さん、三木谷浩史さんなどがいるようです。驚いたのは「ヴェルサイユのバラ」の池田理代子さん。まあ、フランス国家に貢献したことは、言われてみれば、その通りだと思いますが・・・。 ※      ※      ※ 私は勲章など欲しいと思ったことは一度もありませんし、そんなもの欲しがる人の気が知れませんでした。皆さまもおそらく同様だろうと思います。 しかし、ここでちょっと想像をたくましくしてみましょう。もしも、仮に、自分の親しい先輩が勲章をもらったとしたら・・・。そしてその先輩の家の応接間に、その勲章が飾ってあったとしたら・・・。あるいは、自分と同程度の実績だと思っていたライバルがもらったとしたら・・・。その人が勲章のことをすごく自慢していたとしたら・・・。もしもそんなことになったら、やっぱり自分も、勲章が欲しいと思うのではないでしょうか。 実際、日本でも、受勲の法定条件である「70歳以上」になると、大企業の経営者たちが突然、政治家に働きかけを始めたり、メセナ活動に熱心になったりするそうです。ましてフランスのレジオン・ドヌールは、まず最下位のシュヴァリエを叙勲して、それから階級が上がっていくシステムです。大学を出て公務員になって、一生懸命働いて、人並みに出世して、法定条件の「公職に20年」を過ぎたら、誰だってそわそわし出すのではないでしょうか。そして一旦、シュヴァリエをもらったら、普通の人間の普通の感覚として、次はオフィシエが欲しくなるでしょう。 前回も書いたように、ナポレオンは、レジオン・ドヌール勲章の制定に際して、「あなた方はそれを玩具だと言うが、人が人間を動かすのは玩具を用いてなのだ(Vous les appelez les hochets, eh bien c’est avec des hochets que l’on mène les hommes)」と言って、反対する人たちを説得したそうです。 結果はまさにナポレオンの思惑通り、と言ってよいかもしれません。

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