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サンタクロースを信じる(croire au Père Noël)

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こんにちは。バゲットです。

私が若いころお世話になった先輩で、Aさんという、非常に優秀なのですが奇妙なイタズラ心を持った人がいました。彼は自分の一人息子のTくんに「20歳になるまでサンタクロース(Père Noël)を信じさせる」wと豪語し、実際に小さなころは信じさせることに成功していたようです。

ところがTくんが小学一年生のとき、担任の先生が授業で、サンタクロースの存在を信じるか否かを子供たちに尋ねるという「暴挙」wに出たのです。結果、「信じる」と答えたのはクラスでTくんを含めて二名のみ。他の子供たちは一様に「お父さん(もしくはお母さん)がサンタのふりをしている」と答えたのです。しかも、そのときTくんに賛同した唯一の同級生は、勉強ができないばかりでなく、何をやらせてもダメな男の子だったそうで、その子から「Tくん、サンタは本当にいるよねぇ~」などと話しかけられて、Tくんは大いにショックを受けてしまいます。

それでも父親のAさんは諦めず、「サンタは良い子にしかプレゼントをしないのだ」「悪い子のところにはサンタが来ないから、代わりにお父さんがプレゼントを買うのだ」と強弁しますw。しかし、やはり後の祭り。翌年のクリスマス、プレゼントの包装紙がTくんのよく知っているデパートのそれだったことから、Aさんの企みはあえなく露見してしまったのでしたww。

  • ※      ※      ※

さて、フランス語に“croire au Père Noël(=サンタクロースを信じる)”という表現があります。いつものように「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/croire_au_père_Noël)」で検索してみると、“se faire des illusions, faire confiance à des promesses visiblement impossibles à tenir(=幻想を抱く、明らかに守ることが不可能な約束を信頼する)”とあります。別のサイトには、“être trop crédule, naïf(=軽々しく信じすぎる、うぶで間抜けである)”とある。

要するに、「何もかも簡単に信じてしまう」「あまりに楽観的すぎる」「現実が見えていない」ということのようですが、具体的にどのような場面で、どのような言い回しで使うのでしょうか。

« Croire au Pere Noel »

あるフランス人教師に尋ねてみたところ、たとえば部下が上司に昇給を願い出て、上司が “Tu crois au Père Noël ?(=キミはサンタクロースを信じているのか)”と答えたりする、とのことでした。上の「ウィクショネール」の例文も、昇給に関して “il ne faut pas croire au Père Noël(=サンタクロースを信じてはならない)”とありますね。

他にネットで探してみると、“Il faut croire au Père Noël pour accepter pareille déclaration du ministre(=大臣のあのような宣言を受け入れるためには、サンタクロースを信じていなければならない)”。あるいは、楽観的すぎる他人をたしなめているのでしょう、“Arrêtez de coire au Père Noël(=サンタクロースを信じることはやめなさい)”、“C’est de croire au Père Noël(=それはサンタクロールを信じることだ」)”などもありました。

  • ※      ※      ※

さて、上述のTくんですが、長じると父親に似て非常に優秀な学生になりました。彼が就職戦線に参戦しようとするとき、Aさんはたった一言、こうアドヴァイスしたそうです。「金は使うものだ、金に使われるようにはなるな」と。

Tくんは数々の大企業から引っ張りだこだったようで、「越後屋」の流れをくむ毛並みの良い綜合商社や、東大卒女性新入社員が過労自殺したことで有名な広告代理店、従軍慰安婦問題をこじらせる元凶となった左翼系新聞系列のテレビ局など、超有名企業四社から内定を勝ち取ります。私も含め、Aさんの仲間の皆が「越後屋」商社を選択すると思っていたところ、Tくんはなんとテレビ局に入社。数年前からは、「ゲスト出演者の学生時代の同級生が今、何をしているかを調査する番組」(←ウィキペディア)のプロデューサーをしています。

小学校低学年でサンタクロースを信じなくなったTくんですが、今はまた別の「夢」を追いかけているのでしょうか。お世話になった先輩のご子息で、子供の頃から知っているので、私も微笑ましく感じています。

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ヴァチカンの長女と聖燭祭(La fille aînée de l’Église et la Chandeleur)

こんにちは。バゲットです。 私が高校生のとき、親しかったクラスメートが突然クリスチャンになりました。その経緯等については、全く興味がなかったので話したことはありません。ただ、私が冗談半分で、「お前、本当に神様なんていると思ってるの?」と言ったとき、彼が寂しそうに微笑みながら、「お前もそのうちに分かるよ」と答えたことは、酷いことを言ってしまったという自責の念とともに、今でもときどき思い出します。 大学時代の仲間の一人も、卒業後しばらくしてキリスト教に入信しました。彼が宗教に興味を持っている様子は全く無かったので、別の友人から「〇〇くんは敬虔なクリスチャンになりました(←揶揄するような口調で)」と聞いたとき、私は唖然としてしまい、返す言葉がありませんでした。 他方でフランスは、「ヴァチカンの長女(fille aînée de l’Église)」と呼ばれるほど、多数のカトリック教徒(catholique)を抱えています。いわば、カトリック教徒である方が「普通」なのです。最近は若い世代を中心に宗教離れが進んでいるとも聞きますが、それでも2010年の調査では、フランス人の65%が自らをカトリックだと答えています。 そんなわけで、フランスには数多くの教会や修道院があります。本当にそこら中、至る所にあって、私も初めて滞在したときには驚嘆したものでした。 教会は大きい順に「大聖堂(cathédrale)」「教会(église)」「礼拝所(chapelle)」に分類され、フランス国内におけるその総数は5万を超えるとも言われます。病院や刑務所や高校の礼拝堂など、小さな私的施設も含めれば、数字はさらに膨らみます。 フランスには、キリスト教関係の祝日(年中行事)もたくさんあります。もうすぐやって来るのが、2月2日の「聖燭祭(せいしょくさい、Chandeleur)」(↓)。 休日ではありませんが、キリスト教徒にとっては重要な日で、「主の奉献の祝日(Présentation de Jésus au Temple)」とも「聖母お清めの祝日(Purification de la Vierge Marie)」とも呼ばれます。モーゼの律法では男子を産んだ女性は「不浄」であるとされ、その40日後に神殿に赴いて感謝の供物(子羊と鳩)を捧げるとともに、清めの儀式を受けなければなりませんでした。そこでマリアと夫のヨセフはこの日(2月2日)イエスを連れてエルサレムの神殿を訪れ、イエスを神に捧げたのです。 神殿では救世主の降臨を待ちわびていた聖シメオン(Syméon ou Saint-Simon)が、イエスを抱いて「光(lumière)」と呼んだので、この日のミサの前にはロウソクの祝別式が行われ、そのことから「聖燭祭」と呼ばれるそうです。 ※      ※      ※ 以前、少し宗教学を勉強する機会があって知ったのですが、「宗教」は、一人の開祖(=教祖)と体系的な教義を持つ「創唱(そうしょう)宗教」と、そのようなものを持たない「自然宗教」とに分類されます。「ほとんどの日本人は無宗教だ」とよく言われますが、それは前者の意味での「宗教」に関してであって、「自然宗教」については、そうではありません。 実際、多くの日本人が初詣やお墓参りに出かけます。そして神殿や墓石の前で、目を閉じて、手を合わせます。そんなとき、大抵の人はある種「宗教的」な感情を抱いているのではないでしょうか。 そうだとすれば、友人がある日突然、キリスト教に入信(=「改宗(conversion)」)しても、それほど不思議なことではないのかもしれません。

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こんにちは。バゲットです。 前回は気力が靴下レベルまで低下する話(=avoir le moral dans les chaussettes)をしましたが、考えてみれば、私の若いころの友人には性格の暗い人が多かったように思います。大学の学部が文学部だったせいでしょうかw。 それでも大学院時代の友人たちは、「若さを満喫する」というタイプではないにせよ、少なくとも勉強に関しては前向きで、野心を持ち、希望に満ちているように見えました。しかし学部のころの友人には、その存在そのものが生の苦悩を体現しているかのようなw、あるいは人類の不幸をたった一人で耐え忍んでいるかのようなww者が、何人かいました。 代表格の一人が日本文学専攻のKくん。プライバシーに配慮して詳細は書きませんが、いろいろとあって被害妄想の権化と化し、些細なことで腹を立て、バカバカしいことで嫉妬し、常に沈んだ様子で、まるで墓石が洋服を着て歩いているかのようなwww、ほとんど暗黒星雲並みの暗さをまとっていました。 ※       ※      ※ さて、フランス語に“broyer du noir(=黒をすり潰す)”という表現があります。 Broyer du noir 久しぶりに“ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/broyer_du_noir)”で調べてみると、“se livrer à des pensées sombres, mélancoliques(=暗い、憂鬱な考えに身をゆだねる)”とあります。別のサイトには、“avoir des pensées pessimistes(=悲観的な考えを持つ)”とある。日常的な日本語で言えば、「気が滅入る」「落ち込む」「ふさぎ込む」といったところでしょう。 面白いのは「語源」です。もともとはルネッサンス時代の画家たちが、黒い絵の具を作るために木炭をすり潰したことから来ているらしい。その後「黒胆汁(bile noire)」の分泌が憂鬱・悲哀の情を生じさせるという、18世紀に医学界で一般化した学説に触発されて、19世紀になってから現在の用法が確立したそうです。 ネットで用例を探してみると、“Je vais broyer du noir en silence(=オレは黙って黒をすり潰すよ)”、“Elle va sûrement être déçue, et broyer du noir pendant des jours(=彼女はきっと失望して、何日も黒をすり潰すだろうね)”、“Ne la laissons pas broyer du noir(=あの子が黒をすり潰すのを放っておいちゃダメだよ)”、“Ne reste pas là à broyer du noir(=そんなところで黒をすり潰していないで)”などが見つかります。 ※      ※      ※ さて前述のKくん、修士課程在学中に、新築の公営住宅入居の抽選で数十倍という倍率の中を当選します。その後、博士課程には進めなかったようなのですが、東京から特急で1時間半ほどの地方都市にある短大で、専任教員の職をゲット。そして、なんと彼より10歳も若い教え子と恋に落ち、「彼女いない歴=年齢」を卒業、めでたく結婚に至ります。さらにさらに、それから10年ほどしたら、勤務する短大が四年制大学に改組。Kくんは「大学教授」になったのです!オレよりエライじゃねえかww。 彼とはもう30年以上も会っていませんが、今ごろは明るく暮らしているのでしょうか。Kくんの明るい顔って、私には想像することもできないのですがwww。

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ヴァカンスに行こう!(2)

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