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レコールドフランセ フランス語学校 へようこそ!

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新年明けましておめでとうございます!

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親愛なる生徒の皆様へ

 

 

 

Chers étudiants, chères étudiantes,

Bonne année à tous !

Il y a 10 ans, en janvier 2008, naissait l’école de français !

10 ans plus tard, vous êtes toujours encore plus nombreux à nous faire confiance et nous vous en sommes très reconnaissants !

Merci pour votre soutien constant et votre fidélité qui nous permettent de continuer à voir l’avenir de l’école avec optimisme.

Cette année, nous avons accueilli dans notre équipe Sophie, qui vient de Chamonix.

En 2017 nous avons également refait entièrement le site Internet et y avons ajouté un blog dont les articles vous sont destinés.

Enfin, comme pour fêter ce dixième anniversaire, nous avons le plaisir et la joie de féliciter Saki et Takuma, deux étudiants qui se sont rencontrés à l’école et qui se sont mariés cette année avant de partir vivre une expérience en France.

Nous vous attendons tous à l’école à partir du 5 janvier prochain et vous souhaitons encore une excellente année 2018 !

Pascal, Franck, Jean-Luc et Sophie

 

親愛なる生徒の皆様へ

新年明けましておめでとうございます。
2008年1月にレコールド フランセが誕生して10年が経ちました。
10年経っても皆様の多くの信頼に、私達は非常に感謝しています。
いつもご支援いただき、そして皆様の前向きな気持ちによって、学校の明るい未来を見ていくことができることにお礼申し上げます。

今年、私達はシャモニーから来たソフィー先生を新たなチームの一員として迎えました。

またウェブサイトを完全に見直し、新たにブログも加えました。

最後に、10年目の記念として、サキとタクマのおめでたいお知らせがあります。
二人の生徒は、この学校で出会って結婚し、今年からフランスでの生活を始められました。

来年は1月5日より、学校で皆様をお待ちしています。
2018年も皆様にとって、素敵な年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。

パスカル、フランク、ジャン・ルック、ソフィー

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ビーフステーキのフライドポテト添え

ビーフステーキの思い出(souvenirs de steak-frites)

こんにちは。バゲットです。 私が子供のころは、外国からの牛肉の輸入が制限されていて、「ビーフステーキ(=ビフテキ)」といえば高級料理の代名詞のようなものでした。私の実家は千葉の山奥の農村地帯ではわりと大きな農家で、決して貧しくはありませんでしたが、私は子供のころ「ビフテキ」を食べたことは一度もありません。 私が生まれて初めて「ビフテキ」を食べたのは、高校を卒業して東京に引っ越してきた日のことだったように思います。渋谷で現在「ヒカリエ」のある場所に建っていた「東急文化会館」のレストランで、ナイフとフォークの使い方、肉の切り方等を父に教えてもらいながら食べました。大卒初任給が10万円程度だった時代、私が食べたステーキは3,800円でした。 それからほぼ10年後、私はフランスに留学し、ボルドー郊外のアパートの近くのカフェ・レストラン(brasserie)で、よく夕飯を食べました。ビーフステーキのセット(前菜、パン、ワイン、デザート付き)が、確か42フラン。当時の為替レートだと、日本円で850円前後でしょうか。値段の安さには驚きましたが、同時に、さして美味しいとも思えない肉質に、「普通の人が日常的に食べているステーキは、こんなものなんだろうなぁ」と、妙に納得したものでした。 さて、その後大学でフランス語を教えるようになると、いろいろな教科書で、フランス人が好きな料理の「ランキング」を目にします。もう20年以上も前、私が初めて見たランキングでは、「ビーフステーキのフライドポテト添え(steak-frites)」が一位になっていました。当時はフランスの「国民食(le plat national français)」と見なされていたようです。 ところが最近では、状況が一変しています。ネットで調べてみると、2017年11月の調査では(https://www.smartbox.com/blog/plats-preferes-des-francais/)、一位は「カモの胸肉のロースト(magret de canard)」。二位が「ムール貝のフライドポテト添え(moules frites)」、三位が「クスクス(couscous)」で、ビーフステーキは七位まで落ちています。フランスでも健康意識が高まっていて、カロリーの高さが凋落の原因だとも言われます。 ※      ※      ※ 私が大学二年生のときでしたが、私の誕生日に、当時お付き合いしていた女の子がビフテキを焼いてくれました。彼女も学生だったのであまりお金がなくて、安い牛肉を使ったせいか(あるいは彼女もステーキを焼くのは生まれて初めてだったのかw)、焼き上がったステーキは口に入れてもなかなか噛み切れません。「ガムみたいだね」と言いながら二人で笑いながら食べたのを、今でもよく覚えています。 その後、牛肉の輸入が自由化されました。安価な肉が市場に出回るようになって、今では東京でも、1000円以下の値段でステーキを食べられるお店があります。私もときどき、一人でわびしく(w)、ビフテキを食べに出かけます。 当然と言えば当然のことですが、「美味しいものを手頃な値段で食べられれば、それで幸せ」というほど、人間は単純ではないようです。

マリアンヌ

マリアンヌを知ってるかい?(Tu connais Marianne ?)

こんにちは。バゲットです。 フランス共和国の象徴と言えば、まずは青白赤の三色旗(le drapeau tricolore)、次いで国歌ラ・マルセイエーズ(la Marseillaise)を思い浮かべる方が多いでしょう。でも、共和国の象徴は他にもあります。たとえば、フランス大使館でロゴマークに使われている、この女性(↓)です。 彼女はマリアンヌ(Marianne)という名前です。ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには、「マリアンヌはフランス共和国を象徴する人物像(figure symbolique)であって」、「それはフランス共和国と《自由、平等、友愛》の標語に含まれる価値観を具象化したものである(elle incarne la République française et ses valeurs contenues dans la devise : Liberté, Égalité, Fraternité)」とあります。 象徴としてのマリアンヌの起源については諸説あるようですが、有力な説によれば、それはフランス革命時の1792年秋、国民公会で王政の廃止と共和国の樹立が宣言されたころ、南フランスで作られた革命歌「マリアンヌの回復(la Guérison de Marianne)」まで遡るということです。 マリアンヌのイメージは、上記のロゴマークの他、ユーロ硬貨や郵便切手にも用いられていて、郵便切手のマリアンヌは、大統領が代わるたびにデザインが変わります。 また、フランス国内の市役所や公立学校などの公的な建物には、マリアンヌの胸像が置かれています。この胸像にもさまざまなデザインがあり、それを制作する際のモデルには、ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)、カトリーヌ・ドヌーブ(Catherine Deneuve)、イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Inès de la Fressange)など、フランスを代表する女優、歌手、ファッション・モデルが選ばれています。最新のマリアンヌのモデルは、女優のソフィ・マルソー(Sophie Marceau)ですね。 ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)の有名な絵画『民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)』(↓)に描かれた女神も、マリアンヌとされています。 この絵画は、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンのマリアンヌの項目でも、在日フランス大使館ホームページのマリアンヌのページでも紹介されています。私は長い間、この絵は1789年のフランス革命を描いたものだと信じていたのですが(←お恥ずかしい次第ですw)、今回調べてみたところ、1830年の七月革命(La Révolution de Juillet)を主題としたものでした。王政復古で復活したブルボン朝を打倒し、ルイ=フィリップの「七月王政」を開始した革命です。 ※      ※      ※ さて、皆さまご存知のように、アメリカ・ニューヨークの「自由の女神像(Statue de la Liberté)」は、アメリカ合衆国独立100周年を記念して、フランス国民がアメリカに寄贈したものです。上のドラクロアの絵は、この像のモデルの一つになったそうです。確かに、右手を挙げているところなどは同じですね。 ずっと小ぶりですが、「自由の女神」はパリにも複数存在します。セーヌ川にかかるグルネル橋のたもとには、パリに住むアメリカ人たちが贈った「自由の女神」があり、リュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)にももう一体あります。「それらも『マリアンヌ』と呼ぶのだろうか」と思い、何人かのフランス人に聞いてみましたが、そうは呼ばないとのことでした。しかしレピュブリック広場(Place de la République)にも、デザインの異なる像が一体あって、こちらは「マリアンヌ像」と呼ばれています。 そう言えば、東京・お台場にもありましたっけ。まあ、それは「マリアンヌ」とは・・・・・・呼ばないでしょうねw。

幽霊は怖い?(

幽霊は怖い?(Tu as peur des fantômes ?)

こんにちは。バゲットです。 何度か書いたように、私の実家は集落から少し離れた奥まったところにあって、隣の家まで100メートル、その隣の家まではさらに100メートルほど離れています。家の正面は庭と農道を隔てて柿と栗の畑で、その向こうの山の麓に先祖代々のお墓があります。田舎なので当然、街灯などはなく、日が暮れればあたりは真っ暗。まさに幽霊が出るのにうってつけの(?)環境です。すごく臆病な子供だった私は、暗くなってからお墓に近づいたことは一度もありません。 幽霊やお化けのことはとても幼いころから知っていたように思います。すごく、すごく怖がっていたのですが、でも、どのようにして知ったのか全く覚えていないのです。テレビで見たのでしょうか。迷信深い曾祖父か祖母にでも聞いたのでしょうか、「日が暮れたらお墓に行っちゃダメだよ、お化けが出るからね」と。それとも夕方、遅くまで外で遊んでいたとき、母か、あるいは私の子守をしてくれた曾祖母に、「早く家に入らないと、お化けが出て、連れて行かれちゃうよ」とでも脅されたのでしょうか・・・。 ということで、今回のテーマは「幽霊」です。 ※      ※      ※ 「日本の幽霊には足がないけど、ヨーロッパの幽霊には足がある」。具体的に「どこで聞いたの?」と質問されても困るのですが、いろいろなところでよく聞くように思います。そこで、なぜ日本の幽霊に足がないのか調べてみると、諸説あるようですが、有力なのは、江戸時代の画家・円山応挙(まるやまおうきょ)の描いた足のない幽霊の絵。その絵がとても有名になって、一般に幽霊には足がないと信じられるようになった、という説です。 最近では幽霊の世界でもグローバル化が進んでいるようで、フランスにも「足のない幽霊」の画像(↓)がありました。 幽霊 さて、フランス語で「幽霊」は“fantôme”。今回は「ウィキペディア」のフランス語ヴァージョンで調べてみると(https://fr.wikipedia.org/wiki/Fantôme)、「幽霊とは一つの出現、幻視あるいは幻覚であって、それは死去した人物の超自然的な顕現と解釈されている」とあります。日本の「幽霊」と同じですね。 “spectre”という語もあって、こちらは「死者の恐ろしい出現(apparition effrayante d’un mort)」。つまり、「怖い」幽霊です。 さらに“revenant”という語もありますが、これは“revenir(帰る)”という動詞の現在分詞からできた語で、「あの世から回帰すると想定される、死者の霊魂」です。 で、外見は千差万別のようですが、一番多いのはこんな(↓)感じ。「おばけのQ太郎」みたいですね おばけのQ太郎 白い布をまとっているのは、お葬式のとき死体を白い布で包むからだそうです。あと、この(↓)ヴァージョンもポピュラーらしい。 ゲゲゲの鬼太郎 「魂」のイメージでしょうか。昔「ゲゲゲの鬼太郎」に出てきた「死者の魂」は、こんな風でした。 ※      ※      ※ この原稿を書いていて、突然気づいたのですが、人類の誕生以来、今までに何百億人もの人が死んでいます。ところが、幽霊として化けて出る人って、比較的最近に死んだ人ばかりじゃないですか!!古くても平将門(940年没)ぐらいで、縄文時代に死んだ人の幽霊wとか、ネアンデルタール人(←「人類」じゃないけど)の幽霊wwなんて、聞いたことがありません。一体、どうしてなのでしょう??? それとも、単に私が知らないだけで、中国には北京原人の幽霊(!)が出る心霊スポットとかがあるのでしょうか。どなたかご存知の方がいらしたら、ぜひぜひ教えてくださいませ。

漆黒をすり潰す男

漆黒をすり潰す男(un homme qui broie du noir)

こんにちは。バゲットです。 前回は気力が靴下レベルまで低下する話(=avoir le moral dans les chaussettes)をしましたが、考えてみれば、私の若いころの友人には性格の暗い人が多かったように思います。大学の学部が文学部だったせいでしょうかw。 それでも大学院時代の友人たちは、「若さを満喫する」というタイプではないにせよ、少なくとも勉強に関しては前向きで、野心を持ち、希望に満ちているように見えました。しかし学部のころの友人には、その存在そのものが生の苦悩を体現しているかのようなw、あるいは人類の不幸をたった一人で耐え忍んでいるかのようなww者が、何人かいました。 代表格の一人が日本文学専攻のKくん。プライバシーに配慮して詳細は書きませんが、いろいろとあって被害妄想の権化と化し、些細なことで腹を立て、バカバカしいことで嫉妬し、常に沈んだ様子で、まるで墓石が洋服を着て歩いているかのようなwww、ほとんど暗黒星雲並みの暗さをまとっていました。 ※       ※      ※ さて、フランス語に“broyer du noir(=黒をすり潰す)”という表現があります。 Broyer du noir 久しぶりに“ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/broyer_du_noir)”で調べてみると、“se livrer à des pensées sombres, mélancoliques(=暗い、憂鬱な考えに身をゆだねる)”とあります。別のサイトには、“avoir des pensées pessimistes(=悲観的な考えを持つ)”とある。日常的な日本語で言えば、「気が滅入る」「落ち込む」「ふさぎ込む」といったところでしょう。 面白いのは「語源」です。もともとはルネッサンス時代の画家たちが、黒い絵の具を作るために木炭をすり潰したことから来ているらしい。その後「黒胆汁(bile noire)」の分泌が憂鬱・悲哀の情を生じさせるという、18世紀に医学界で一般化した学説に触発されて、19世紀になってから現在の用法が確立したそうです。 ネットで用例を探してみると、“Je vais broyer du noir en silence(=オレは黙って黒をすり潰すよ)”、“Elle va sûrement être déçue, et broyer du noir pendant des jours(=彼女はきっと失望して、何日も黒をすり潰すだろうね)”、“Ne la laissons pas broyer du noir(=あの子が黒をすり潰すのを放っておいちゃダメだよ)”、“Ne reste pas là à broyer du noir(=そんなところで黒をすり潰していないで)”などが見つかります。 ※      ※      ※ さて前述のKくん、修士課程在学中に、新築の公営住宅入居の抽選で数十倍という倍率の中を当選します。その後、博士課程には進めなかったようなのですが、東京から特急で1時間半ほどの地方都市にある短大で、専任教員の職をゲット。そして、なんと彼より10歳も若い教え子と恋に落ち、「彼女いない歴=年齢」を卒業、めでたく結婚に至ります。さらにさらに、それから10年ほどしたら、勤務する短大が四年制大学に改組。Kくんは「大学教授」になったのです!オレよりエライじゃねえかww。 彼とはもう30年以上も会っていませんが、今ごろは明るく暮らしているのでしょうか。Kくんの明るい顔って、私には想像することもできないのですがwww。

マルグリット・ド・ナヴァール

スタンダール流女の子の口説き方(la manière stendhalienne de séduire une fille)(3)

こんにちは。バゲットです。 スタンダール(Stendhal)の『赤と黒(Le rouge et le noir)』で、美しく高慢な侯爵令嬢マチルド(Mathilde de La Mole)は、16世紀、宗教戦争の時代の王妃マルグリット・ド・ナヴァールに憧れ、彼女のような波瀾万丈の人生を送りたいと考えています。 そのため、自分が発した侮辱的な言葉に、ジュリアン・ソレル(Julien Sorel)が激怒し、壁に掛かった剣に飛びついて鞘から剣を引き抜くと、マチルドは感動してしまうのです。そして自室に戻り、「うっとりとして(ravie)」、「殺されそうになったという幸福(le bonheur d’avoir été sur le point d’être tuée)」に浸ります。 こうして、マチルドは本当に恋に落ちてしまいました。さて、有名か否かは知らないのですが、私が大好きな場面です。 マチルドは、ジュリアンのことをあれこれと考えながら、何気なく画帳に鉛筆でいたずら書きをしています。すると描き上がった横顔が、ジュリアンにそっくりなのです。 「描き上げたばかりの横顔の一つを見て、彼女は驚き、狂喜した。それは驚くほどジュリアンに似ていたのだ(Un des profils qu’elle venait d’achever l’étonna, la ravit : il ressemblait à Julien d’une façon frappante)。『これは天の声だわ!恋の奇跡よ(C’est la voix du ciel ! voilà un des miracles de l’amour)』、彼女は熱狂して叫んだ(s’écria-t-elle avec transport)」。 マチルドは、今度は真剣に、熱中して、ジュリアンの似顔絵を描こうとします。しかし、どうしてもうまく描けません。 「彼女はとても熱心に、ジュリアンの似顔絵を描こうと真剣に努力したが、うまくいかなかった。先ほどいい加減に描いた横顔が、やはり一番似ていた(Elle s’appliqua beaucoup, chercha sérieusement à faire le portrait de Julien, mais elle ne put réussir ; le profil tracé au hasard se trouva toujours le plus ressemblant)。マチルドはすっかり嬉しくなってしまい、これこそは熱烈な恋の明らかな証拠だと思った(Mathilde en fut enchantée, elle y vit une preuve évidente de grande passion)」。 世界の文学史上有名な恋愛小説はたくさんありますが、恋に酔いしれる女の子の幸福な気持ちを、これほど生き生きと描写した場面が、他にあるでしょうか。 ※      ※      ※ このようにジュリアンとマチルドは、かなり早い段階から、お互いに熱烈に愛し合っています。ところが二人とも、無意味にプライドが高かったり、つい迂闊な言葉を口にしたりして、彼らの恋はなかなか進展していきません。ジュリアンはマチルドを嫉妬させるため、好きでもない他の女性に言い寄って、何通もラヴレターを送ったりもします。 「愛し合っている男女が、愛し合っているにも関わらず、些細なアクシデントや誤解やすれ違いのためになかなか結ばれないで、読者(あるいは視聴者)をやきもきさせる物語」を「ラブコメ」と呼ぶのなら、『赤と黒』のジュリアンとマチルドのやり取りは、まさに「ラブコメ」です。 この作品が書かれたのは、1830年。今ではもう190年も昔のことですが、今読んでもすごく面白い。恋する男と女の心理は、190年を経ても、あまり変わらないのでしょう。 (了) (註)文中の写真は1997年放映のテレビドラマ(DVDは98年)。マチルドを演じるのは、ジュディット・ゴドレーシュ(Judith …

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