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たんぽぽと夜尿症(オネショ)(pissenlit/pisse en lit)

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こんにちは。バゲットです。

ロバート・F・ヤングというアメリカのSF作家の作品で、「たんぽぽ娘(The dandelion girl/La fille aux cheveux d’or)」という短編小説があります。『SFマガジン』の「オールタイムベストSF」で海外短編部門8位に選ばれるなど、SFファンの間では知らない者のない名作です。調べてみると、竹宮恵子が漫画にしていますし、最近では「ビブリア古書堂の事件手帖」(剛力彩芽主演)でも紹介されていますから、そちらでご存知の方も多いと思います。
40代の妻帯者の弁護士が、避暑地の丘の上で、「風におどるたんぽぽ色の髪」の若い女性と出会う。彼女は240年後の未来から、父親が開発したタイムマシンでやって来たという。何度か逢瀬を重ねるうちに互いに恋に落ちるのだが、女性の父は病気で亡くなり、タイムマシンは消耗が激しい。「マシンはあと一度しか使えない」と言い残して、女性は去って行く。
翌日も、その翌日も、さらにその翌日も、彼女は来ない。2ヶ月ほどしたある日、ちょっとした切っ掛けで、主人公は、20年前、彼の妻が初めて彼の前に現われたときのことを思い出す(分かりますか?彼女はタイムマシンを使うのです)・・・。
中年男性が愛した若い女性は、実は彼の奥さまだったという、ロマンチックで心温まるお話です。
たんぽぽ
さて、「たんぽぽ」を意味するフランス語には、英語のdandelionに対応する「ダンドゥリヨン(dent-de-lion=ライオンの歯)」があって、花の形がライオンの歯に似ているためにそのように言うのですが、この語を使うことは「まれ」だということです。
通常、フランス語で「たんぽぽ」は「ピッサンリ(pissenlit)」。Pisse(小便)+en lit(ベッドの中で)、つまり「夜尿症(オネショ)」ですね。フランスなどヨーロッパでは、たんぽぽはサラダ用植物として一般に食されており、利尿作用があることから、この名前が来たそうです。ヨーロッパの先進国でも、大部分の国民に十分な食料が行き渡るようになったのは、ほんの百数十年前のことでしょう。それ以前は野に咲くたんぽぽも、貴重な食料の一つだったはず。たんぽぽをたくさん食べてオネショをする子供も、本当にいたのでしょう。
サラダにするときは、葉っぱも花も根も食べるそうで、根はコーヒーの代用にされたこともあるそうですが、フランス語には「たんぽぽの根をかじる(manger les pissenlis par la racine)」という言い回しもあります。「死んで埋葬されている」という意味で、日本語でも「草葉の陰」と言いますから、発想は似ていますね。
※    ※      ※
というわけで、上で紹介した「たんぽぽ娘」、フランス語に直訳すると「オネショ娘」みたいな感じになっちゃいます。そんなタイトルでは、折角のロマンチックSFも台無しですね。

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