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ハリウッド・セクハラ事件/フランスにて(Affaire Weinstein en France)

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こんにちは。バゲットです。

ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ事件は日本でも大きく報道されましたから、皆さまもご存知のことと思います。被害を訴えた人たちには、ジュディット・ゴドレーシュ(Judith Godrèche)やエマ・ドゥ・コーヌ(Emma de Caunes)など、フランス人の女優さんも含まれていたため、この件はフランスでも大騒ぎになりました。国営放送 France 2 の夜のニュースで、二日連続してトップで扱われたほどでした。
そこでインタヴューに応じ、具体的で生々しい証言をしたのが、写真のフロランス・ダレル(Florence Darel↓)です。 
フロランス・ダレル
彼女の証言によれば・・・
「1994年、映画『ファウスト』の公開記念パーティがありました。ハーヴェイ・ワインスタインはパーティの後、私に何度も電話をかけてきて、『会わないか』、『ホテルに来ないか』と誘いました。電話は次第に執拗になって、私は『夜遅く飲みに来い』というこの“指令(injonction)”から逃れるために、共演した俳優と付き合っている(être en couple avec)とウソをつきました。」
さらに・・・
「95年の冬、パリにいたワインスタインは、彼の秘書を通じて、私に何度かメッセージを送ってきましたが、私は返事をしませんでした。すると今度は私のマネージャーに連絡し、仕事の企画をちらつかせてきました(Il agite un projet professionel derrière)。マネージャーは『行って、聞いてこい』と言いました。」
彼女はリッツホテルのスイートルームに出向きます・・・
「すぐに、彼が望んでいることは、私が彼の愛人になることだと分りました。彼はまるで“取引(un deal)”を提案するように、『年に数日でよい』と言い、また彼は『世界中のたくさんの女性とそうしている(il faisait ça avec plein de femmes dans le monde)』とも言いました、あたかもそれが全く普通のことであるかのように(comme si c’était tout à fait normal)」。
※       ※      ※
なるほど・・・・。私は、最初このスキャンダルを知ったとき、被害者の数の多さに驚きました。「ほとんど見境なく、手を出してる」と。でも、ダレルの証言を聞くと、ワインスタインの「執拗さ」に驚きますね。
もっとも、こうしたことはワインスタインやハリウッドに特有のものではなく、フランスの映画界でも事情はあまり変わらないようです。実際、この事件を受けて、セザール賞主演女優賞を5回(!)も受賞したイザベル・アジャーニ(Isabelle Adjani↓)が、新聞に寄稿し、フランス映画界に蔓延する、セクハラを容認する「雰囲気」を告発しました。
イザベル・アジャーニ
「たいていの人々にとって(Pour la plupart des gens)、女優が成功するためには寝なければならない(doit coucher)ということは、依然として自然(naturel)なことであって、さらには当然(normal)のことでさえあるのです」と。
そうだとすれば、問題は個人の資質ではなく、映画界の「習慣」や「文化」になってしまいます。根は相当に深いようで、一掃するには時間がかかるかもしれません。
※       ※      ※
さて、エマニュエル・マクロン大統領は、2011年にサルコジ大統領がハーヴェイ・ワインスタインに授与した「レジオン・ドヌール勲章」を、「剥奪」することを決定しました。

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たんぽぽ

たんぽぽと夜尿症(オネショ)(pissenlit/pisse en lit)

こんにちは。バゲットです。 ロバート・F・ヤングというアメリカのSF作家の作品で、「たんぽぽ娘(The dandelion girl/La fille aux cheveux d’or)」という短編小説があります。『SFマガジン』の「オールタイムベストSF」で海外短編部門8位に選ばれるなど、SFファンの間では知らない者のない名作です。調べてみると、竹宮恵子が漫画にしていますし、最近では「ビブリア古書堂の事件手帖」(剛力彩芽主演)でも紹介されていますから、そちらでご存知の方も多いと思います。 40代の妻帯者の弁護士が、避暑地の丘の上で、「風におどるたんぽぽ色の髪」の若い女性と出会う。彼女は240年後の未来から、父親が開発したタイムマシンでやって来たという。何度か逢瀬を重ねるうちに互いに恋に落ちるのだが、女性の父は病気で亡くなり、タイムマシンは消耗が激しい。「マシンはあと一度しか使えない」と言い残して、女性は去って行く。 翌日も、その翌日も、さらにその翌日も、彼女は来ない。2ヶ月ほどしたある日、ちょっとした切っ掛けで、主人公は、20年前、彼の妻が初めて彼の前に現われたときのことを思い出す(分かりますか?彼女はタイムマシンを使うのです)・・・。 中年男性が愛した若い女性は、実は彼の奥さまだったという、ロマンチックで心温まるお話です。 さて、「たんぽぽ」を意味するフランス語には、英語のdandelionに対応する「ダンドゥリヨン(dent-de-lion=ライオンの歯)」があって、花の形がライオンの歯に似ているためにそのように言うのですが、この語を使うことは「まれ」だということです。 通常、フランス語で「たんぽぽ」は「ピッサンリ(pissenlit)」。Pisse(小便)+en lit(ベッドの中で)、つまり「夜尿症(オネショ)」ですね。フランスなどヨーロッパでは、たんぽぽはサラダ用植物として一般に食されており、利尿作用があることから、この名前が来たそうです。ヨーロッパの先進国でも、大部分の国民に十分な食料が行き渡るようになったのは、ほんの百数十年前のことでしょう。それ以前は野に咲くたんぽぽも、貴重な食料の一つだったはず。たんぽぽをたくさん食べてオネショをする子供も、本当にいたのでしょう。 サラダにするときは、葉っぱも花も根も食べるそうで、根はコーヒーの代用にされたこともあるそうですが、フランス語には「たんぽぽの根をかじる(manger les pissenlis par la racine)」という言い回しもあります。「死んで埋葬されている」という意味で、日本語でも「草葉の陰」と言いますから、発想は似ていますね。 ※    ※      ※ というわけで、上で紹介した「たんぽぽ娘」、フランス語に直訳すると「オネショ娘」みたいな感じになっちゃいます。そんなタイトルでは、折角のロマンチックSFも台無しですね。

ヒナギクの花びらをむしる

恋占い(effeuiller la marguerite)

こんにちは。バゲットです。 カナダの作家、アリス・マンロー(Alice Munro、2013年ノーベル文学賞受賞)に「恋占い」という短編小説があります。中学生の女の子二人が、地味な中年の独身女性に、遠方に住む男性の名前で偽のラブレターを書くという悪戯をするお話です。 その短編に、少女の一人が考案した「恋占い」が出てきます。男の子と女の子の名前を紙に書き、重複する文字を消して行って、残った文字の数だけ指を折って数えるのです、「嫌い、お友達、片思い、両思い、結婚(hateship, friendship, courtship, loveship, marriage)」と唱えながら。 悪戯の残酷さにもかかわらず、物語はハッピーエンドで終わります。作中では言及されませんが、中年女性の名前ジョアンナ・パリー(Johanna Parry)と男性の名前ケン・ブードロー(Ken Boudreau)で、実際にこの「恋占い」をしてみると、残る文字が10個(=「結婚」)になるという、なかなか凝った作りになっています。邦訳(新潮社『イラクサ』所収)もありますので、興味のある方は、ぜひ読んでみてください。 さて、フランスにも広く行われている「恋占い」があります。「ヒナギクの花びらをむしる(effeuiller la marguerite)」と言うように、ヒナギクを使った「花占い」です。 一枚ずつ花びらを取っていくのは日本の花占いと同じですが、日本式に「好き、嫌い」の二択ではなく、もっとずっと複雑です。まず、「彼/彼女は私を愛している(Il/Elle m’aime)」と言ってから、「少しは(un peu)、とても(beaucoup)、熱烈に(passionnément)、気が狂うほど(à la folie)、全くない(pas du tout)」と唱えながら、花びらをむしって行きます。日本式と比べると、ずっと洗練されていますね。 ※      ※      ※ このように日本式花占いとフランス式のそれを対比してすぐに気づくのは、フランス式の方が「嫌い」が出る確率がずっと低いということです。実際、日本式の花占いでは、1/2の確率で「嫌い」になってしまいますが、フランス式だと「全く愛してない」が出るのはわずか1/5。換言すれば、日本では二回に一回は「あきらめた方がいい」という結果になるのに対し、フランスでは「あきらめろ」は五回に一回だけなのです。ちなみに、英米では日本と同じく「愛している(He/She loves me)、愛していない(He/She loves me not)」ですから、フランス方式の特殊性は明白です。これもフランスが「恋愛大国(?)」であることの証左だと言ったら、言い過ぎになるでしょうか。 そう言えば、私は若い頃、あるフランス政府系機関で働いていたことがあるのですが、当時、フランス人の若い男性から、次のような書き出しの手紙が来たことがあります、「愛情に関する理由で、私は日本に行かなければなりません(Des raisons sentimentales m’obligent à venir au Japon)」。女の子を追いかけて日本に来るのでしょう。日本人男性には(てか、私には)、ちょっとマネができません。

本の虫, 図書館のネズミ

図書館のネズミ(rat de bibliothèque)

こんにちは。バゲットです。 私は高校時代、日曜日や休暇中は、一日中図書館で勉強することを習慣にしていました。自宅では集中力が途切れ、ボーっとしてしまうことが多いので、皆が勉強している場所で勉強することにしたのです。 その習慣はその後も続き、大学時代はいつも文学部の図書室で勉強していました。朝、大学に来て授業に出、空き時間は図書室で勉強し、夜8時過ぎまでそこで過ごして、帰宅する。夕方、休憩を取って大学近くの喫茶店に行き、夕暮れの街を見ながらコーヒーを飲んでいると、すごく充実した時間を過ごしているような気がして、不思議な幸福感に包まれたのを今でもよく覚えていいます。 さて、フランス語に「図書館のネズミ(rat de bibliothèque)」という表現があります。前回紹介した「外国語作文が得意な人(fort en thème)」と同様、私は「ガリ勉」の意味で理解していたのですが、この記事を書くに当たって改めてネットで調べてみると、「とても頻繁に図書館に通う人(personne qui fréquente très souvent les bibliothèques)」、「書物を読んだり参照したりして時間を過ごす人(personne qui passe son temps à lire et à compulser des ouvrages)」と出てきます(https://fr.wiktionary.org/wiki/rat_de_bibliothèque)。「英訳は bookworm (本の虫)」。必ずしも悪い意味ではなさそうですが、「ときに軽蔑的(parfois péjoratif)」ともありますから、「ガリ勉」等、侮辱的な意味で用いることもあるようです。 語源に関しては、別のサイトに「参照してみたどの辞書にも、『図書館のネズミ』という表現の起源についての歴史的な注釈は存在しない(parmi tous les dictionnaires consultés, il n’y a pas de commentaire historique sur l’origine de l’expression “rat de bibliothèque”)」とありました。 でも、「歴史的な注釈」なんか無くても、誰でも思いつきそうで、「なるほど」と思わせる表現ですね。 ※      ※      ※ 上記のように、私は青春時代の多くの時間を図書館で過ごしたのですが、後になって考えてみると、私にとって図書館は、勉強の場であったばかりでなく、同時に「出会い」の場、「交流」の場でもあったことに気づきます。と言うのも、図書館の自習室には同年代の男女が集まって来るわけで、頻繁に顔を合わせていれば挨拶ぐらいするようになりますし、時には、親しく話すようになることもあるからです。 実際、高校時代に私が入り浸っていた市立図書館で、ある日、私の中学の後輩で隣の女子高に通っている女の子に偶然会ったのですが、私が一緒にいた友人にその子を紹介したところ、その後二人は交際するようになり、大学卒業後には結婚してしまいました。 私自身も、図書館に関しては、高度にプライベートで、ここには書けないような思い出がたくさんあります。まあ、「ガリ勉」にも「ガリ勉」なりの青春がある、ということですね。

エミール・ゾラ

バカロレアに落ちちゃった?(Si je rate mon bac ?)

こんにちは。バゲットです。 フランスでは今年も7月6日、バカロレア(baccalauréat)=「大学入学資格試験」の合格発表がありました。 今年の受験者は753,000人超で、合格率は78.8%。僅差の不合格者には「追試(rattrapage)」がありますから、最終的な合格率は85%を超えそうです(ちなみに、17年の最終合格率は87.9%でした)。 日本人の感覚で面白いと思うのは、フランスではバカロレアのトップ合格者や最年少合各者がテレビで紹介されること。昨年のトップはレユニオン島(La Réunion)の女子生徒で、テレビのインタビューでは、満面の笑みを浮かべて、「勝因」と将来の夢を語っていました。これが日本だったら「受験競争を煽る」とか「高校教育をゆがめる」とか、あるいは端的に「差別だ」とか、さまざまな批判を浴びそうに思います。 さて、フランス語で「バカロレア合格者」のことを「バシュリエ(bachelier)」と言いますが、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには「世代ごとのバシュリエの割合(proportion de bacheliers dans une génération)」が記載されています。フランスの学校では飛び級も落第もあって、18歳でバカロレアを受験するとは限らないので、「世代」というあいまいな言い方をするのでしょう。それによれば、1970年に20.1%、80年に25.9%だったのが、2012年にはなんと「世代」の76.7%が「バシュリエ」です。現代の若い世代では、3/4以上の人がバカロレアに合格しているのです。 これは逆に言えば、バカロレアを持っていないと、労働市場で非常な苦戦を強いられることを意味します。実際、6日のテレビニュースで放映されたルポルタージュ「バカロレアなしで生きる(Vivre sans le baccalauréat)」に登場した若い女性は、「何年も失業状態にある(elle enchaîne plusieurs années de chômage)」と嘆いていました。 もっとも、バカロレアなしで社会的に成功している人たちも、確かに存在します。上記のルポでも28歳のIT技術者が紹介されていましたし、何年か前に見た別のルポにも、起業して成功した人や芸能界で有名になった人が出ていました。 ウィキペディアにも「バカロレアを持っていない著名人」が掲載されています。超有名どころでは小説家(『人間の条件』『王道』など)で文化大臣も務めたアンドレ・マルロー、俳優のアラン・ドロンとジェラール・ドパルデュー。他に私は知らない名前なのですが、有力政治家が何人もいるようです。さらに若いところでは、サッカーのジネディーヌ・ジダンと俳優のオマール・スィ。ジダンは少年時代からサッカー一筋だったのでしょうが、オマール・スィはひょっとしたら「落第」かも知れません。 私が「極めつき」だと思うのは、『居酒屋』『ナナ』などで有名な文豪エミール・ゾラ(Emile Zola)です。 ゾラはバカロレアに二回挑戦して、結局取得できませんでした。当時は「難関」だったのでしょうし、不合格だったことにはいろいろと個人的な理由もあるのでしょうが、その挫折の経験が、後年、下層の人々の悲惨な生活を描いた名作につながったのかも知れません。

(お知らせ)新型コロナウィルス感染症への対応について

(お知らせ)新型コロナウィルス感染症への対応について

新型コロナウイルス感染防止につきまして、当校では、1レッスン時間単位につき学校にお入りいただける生徒さまの数を5人までと上限を設けることにいたしました。この対応は、当校では7割以上のクラスが個人レッスンであり、私どもの当初からのコンセプトである、フレックスタイムスケジュールと、毎日朝から晩まで開講していることから、容易に実現可能なものとなっております。 セミプライベートレッスンにつきましては、通常は1クラスにつき3人までのところ、今後は2人までのレッスンとさせていただきます。さらに、皆さまの安全と、公共交通機関利用削減のため、全ての生徒さまにスカイプでのレッスン受講を可能といたします。セミプライベートレッスンであっても受講料は変わりません。 当校は、自由にオンラインで予約ができるプライベート及び少人数セミプライベートレッスン(最大3人まで)での自由予約システムを原則として、開校当初から運営しております。その結果、当校では、1クラスの人数を最小限に抑えながら、生徒の皆さまの都合に合わせて自由にレッスンを受講いただくことができます。

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