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(お知らせ)新型コロナウィルス感染症への対応について

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新型コロナウイルス感染防止につきまして、当校では、1レッスン時間単位につき学校にお入りいただける生徒さまの数を5人までと上限を設けることにいたしました。
この対応は、当校では7割以上のクラスが個人レッスンであり、私どもの当初からのコンセプトである、フレックスタイムスケジュールと、毎日朝から晩まで開講していることから、容易に実現可能なものとなっております。


セミプライベートレッスンにつきましては、通常は1クラスにつき3人までのところ、今後は2人までのレッスンとさせていただきます。
さらに、皆さまの安全と、公共交通機関利用削減のため、全ての生徒さまにスカイプでのレッスン受講を可能といたします。セミプライベートレッスンであっても受講料は変わりません。


当校は、自由にオンラインで予約ができるプライベート及び少人数セミプライベートレッスン(最大3人まで)での自由予約システムを原則として、開校当初から運営しております。その結果、当校では、1クラスの人数を最小限に抑えながら、生徒の皆さまの都合に合わせて自由にレッスンを受講いただくことができます。

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ネコ舌=ラング・ド・シャ

ネコの舌(langue de chat)

こんにちは。バゲットです。 皆さまご存知のように、日本語で、熱い食べ物が苦手な人のことを「ネコ舌」と言います。個人的な印象では女性に多いようで、少なくとも私は、男性で「ネコ舌」という人には会ったことがありません。まあ、男性の場合、カワイコぶってもしようが無いから、あえて言わないだけなのかも知れませんが。 しかし、なぜ、熱い食べ物を食べられない人を「ネコ舌」と言うのでしょう。もともと、ものを煮たり焼いたりして食べるのは人間だけですから、普通、動物はすべて熱い食べ物は苦手なはずですし、そういう意味では、「イヌ舌」でも「ウマ舌」でも「ウサギ舌」でもよかったはずです。実際に家の中、しばしばテーブルの近くにいて、人間の食事の残り物として熱い物を食べる機会がたくさんありそうな「ネコ」が、代表として選ばれた、ということなのでしょうか。 私の高校の同級生で、6年(!)も浪人して国立大医学部に入って医者になった友人によれば、「ネコ舌」は毎日ドッグフード(←犬のエサ)を食べると、一ヶ月ぐらいで治るそうです(w)。多分ウソだと思いますが、気になる方は試してみてはいかがでしょう(w)。 ※      ※      ※ さて、フランス語にも「ネコ舌=ラング・ド・シャ(langue de chat)」という表現があります。熱い食べ物とは何の関係もありません。楕円形のビスケットやクッキーのこと(↓)で、形が「ネコの舌」に似ているためにそのように言うそうです。 「形」と言うなら、人間の舌も同じような形ではないかと思いますが、お菓子の呼称としては「ネコ」の方がよいのでしょう。ネットでレシピと調べてみると、本当に形がネコの舌に似ているだけで、実態はただのクッキーです。 話は変わりますが、フランス語には「自分の舌をネコにあげる(donner sa langue au chat)」という表現もあります。もともとは「(役に立たない)自分の舌をイヌに投げ与える(jeter sa langue au chien)」が変化してできた言い回しで、ネット辞書(donner sa langue au chat)によると、「ある問題の解答を見つけることができないと認める(se reconnaître incapable de trouver la solution à un problème)」ということ、つまり「クイズなどの解答を諦める、わからないと認める」という意味ですね。 具体的な用法としては、なぞなぞやクイズを出した人が答えに窮する人に対して、「降参しますか=あなたはネコに舌をあげますか(Donnez-vous votre langue au chat ?)」のように言ったり、答えられない人が「降参します=私はネコに舌をあげます(Je donne ma langue au chat)」のように言ったりします。 ちょっと「シュール(surréaliste)」な表現ですが、覚えておくと、意外と使える場面は多いかも知れません。

半過去の語尾活用の書き方

半分の過去(l’imparfait)?

半過去の語尾活用

聖霊降臨祭

キリスト昇天祭と聖霊降臨祭(L’Ascension et la Pentecôte)

こんにちは。バゲットです。 私が若いころ、毎年、私の誕生日(anniversaire=記念日)になると、旧ソビエト連邦の赤の広場で、盛大な軍事パレードが催されました。その日、11月7日は私が生を受けた日であると同時に、1917年にロシアで共産主義革命が勃発した日、すなわち「革命記念日」だったのです。 当時は米ソ冷戦の真っ只中。明言する人はあまりいませんでしたが、日本にとって旧ソ連は「仮想敵国」です。その国が私の誕生日を軍事パレードで祝うのです。私はテレビでその光景を見るたびに、プライドをくすぐられると同時にバカにされているような、腹立たしいと同時に誇らしいような、何だかわけの分からない、ひどく不思議な気分になったものでした。 その後、大学に入ってフランス文学を勉強し、11月7日がアルベール・カミュ(Albert Camus)の誕生日であることを知りました。私とカミュは誕生日が同じなのです。カミュの小説や戯曲は好きだったので、こちらの方は素直に喜び、友人たちにも自慢しまくりましたw。そんなこともあって、後に知人の一人がドストエフスキー(Dostoïevski)と同じ誕生日(11月11日)だと知ったときは、微妙な「敗北感」を感じたものですがw。 で、ここで話は大きく飛躍しますw。最近フランスでは、キリスト教関連の二つの大きなイベントがありました。「キリスト昇天祭(今年は5月30日/祝日)」と「聖霊降臨祭(同じく6月9日/翌月曜日は休日)」です。「これも一種の記念日(anniversaire)だなぁ」(←ちと、強引かもしれませんがw)と思い、何を「記念する」日なのか、ちょっと調べてみました。 ※      ※      ※ イエス・キリストは金曜日に十字架にかけられて死去し、翌々日の日曜日に復活します。それを祝うのが「復活祭(Pâques)」。 復活したイエスはいろいろな人の前に姿を現わします。弟子たちの前にも現れて、福音を全世界に伝えるよう命じます。そして彼らが見ているなか、イエスは天に昇るのです。「復活祭」から数えて40日後のこと。そのことを祝うのが「キリスト昇天祭(L’Ascension)」だったのです。 復活祭が日曜日ですから、昇天祭は自動的に木曜日になります。複数のフランス人に確認したところ、当日は教会でミサが行われ、家族によってはお墓参りに行ったりするそうですが、それ以外に特にパーティーを催したりする習慣はないそうです。ただ、翌日の金曜日を休みにして、四連休になる職場も多いとのことでした。 昇天祭の10日後が「聖霊降臨祭(la Pentecôte)」、こちらは日曜日です。イエスは昇天する直前、弟子たちに「近いうちに聖霊が降る」と予言していました。そしてその日、イエスの弟子や身内たちが「エルサレムの上の部屋(le Cénacle de Jérusalem)」(←「最後の晩餐」が行われた部屋)で祈っていると、「猛烈な風(vent impétueux)」のような音が聞こえ、天から「舌の形をした炎(langues de feu)」が各人の上に降って、「彼らは皆聖霊によって満たされた(ils furent tous remplis du Saint Esprit)」のです。このことを祝うのが聖霊降臨祭ですが、この日も特にパーティー等は行わないそうです。翌月曜日が国民の祝日です。 エリック=エマニュエル・シュミット(ピラトによる福音書) さて、フランスの作家エリック=エマニュエル・シュミット(Éric-Emmanuel Schmitt/国際的に著名な劇作家)に『ピラトによる福音書(L’Évangile selon Pilate)』という小説があります。イエスを十字架にかけたローマ総督ピラトの視点から、イエス・キリストの復活を描いた小説です。私は原書で読みましたが、設定が独創的でストーリーも面白く、大いに楽しむことができました。邦訳もあって、タイトルは『小説 イエスの復活』(https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000053702001.html)。現在は「品切れ」ということですが、興味をお持ちの方は図書館で探してみたらいかがでしょう。なお、原文も平易なので、フランス語の得意な方は原書でどうぞ。

クレープ

クレープを食べる(manger des crêpes)

こんにちは。バゲットです。 以前も書いたように、私は高校卒業と同時に上京し、世田谷区にアパートを借りました。家の近くには小さな喫茶店があって、近所の調理師学校の女の子たちがよく来ていました。別に彼女たちが目当てだったわけでもないのですが(てか、少しは「目当て」でしたがw)、私はときどきその喫茶店でお昼ご飯を食べました。 メニューの中には、いろいろな「クレープ」がありました。私はそれまで「クレープ」という言葉を聞いたことがなく、それがどんな物なのかを知りませんでした。現代のようにネットで何もかも簡単に調べられる時代でもありません。お菓子の一種だとはわかったので、一度試してみたいと思い、ある日、思い切って、ランチと一緒に注文してみました。「バナナクレープ」だったように思います。そのとき、カウンターに座っていた常連らしき女の子が振り向いて、私を見て笑ったのを覚えています。 ウエイトレスがクレープをテーブルに置いたとき、私は驚き、ちょっと後悔しました。ランチのデザートとしては、大きすぎるのです。味は覚えていません。後にも先にも、私がクレープを食べたのは、そのとき一度限りです。 ※      ※      ※ さて、「クレープ(crêpe)」はフランス語。前回、「聖燭祭(せいしょくさい=ロウソクの祝日、la Chandeleur ou la fête des chandelles)」について書きましたが、実はこの日(2月2日)、フランスではクレープを食べる習慣があるのです。その起源については諸説あります。 あるフランス語の教科書によれば、昔は「主の奉献(Présentation de Jésus au Temple、前回の記事を参照)」を祝うために、この日、多くのキリスト教徒がローマに巡礼に行きました。ところがローマには、そうした巡礼者たちのために十分なパンがありません。そこで、パン生地を水で薄めて、より薄くてより大きなパンを作って、それがクレープの起源になったというのです。ネットで調べてみると、5世紀の教皇グラシウス1世(Gélase 1er)が巡礼者たちにクレープを配ったとありますから、おおむね、この教科書の記述と合致します。 別の説によれば、もともとは異教徒の祝祭(fête païenne)で、立春(19年は2月4日)のころ、人々は太陽に似た丸くて黄色いクレープを食べて、陽光が戻ってきたことを祝ったそうです。以前書いた「クリスマスの薪(bûche de Noël)」もそうですが、ヨーロッパでは、昔からあった習慣がその後キリスト教に取り入れられることがよくあります。聖燭祭のクレープもまた、上記の習慣がそのようにキリスト教化(christianisé)されたものなのかもしれません。 さて、クレープにはお菓子タイプ(crêpe sucrée=砂糖味のクレープ)の他に、塩で味つけして、肉、ハム、チーズ、野菜等を包んで食べる軽食タイプのもの(crêpe salée=塩味のクレープ)もあるそうです。私は少し血糖値が高いので甘い物は控えるようにしているのですが、「塩味」なら問題はありません。またクレープが太陽の色と形をまねたのなら、コンセプトは日本の「日の丸」と同じで、そう考えると、少しは親近感(w)も感じます。 最近、散歩していて偶然、三軒茶屋の茶沢通りにクレープ屋さんを見つけました。メニューには甘くない「サラダクレープ」もありますし、今度、行ってみようかと思っています。

メロンを持っている

彼はメロンを持っている(Il a le melon)

こんにちは。バゲットです。 以前も少し書いたように、フランスはヨーロッパ随一の農業国です。国土の52,5%が農業用地で、それはEU全体の農地の16%に相当し、農業生産額もフランス一国でEU全体の18%を占めています。 そんなこともあるのか、フランス語には農作物や家畜の名前を用いた慣用句がたくさん存在します。このブログではそんな言い回しをいくつか紹介してきましたが、今回紹介したいのが“avoir le melon(メロンを持っている)”。 過去の記事を読んで下さった方はご記憶のことと思いますが、“Elle a la pêche(彼女はモモを持っている)”と言えば、「彼女は元気ハツラツとしている」という意味でした。ケースによっては「彼女はバリバリ働いている」とか「ウキウキしている」というニュアンスも持ちました。ところが、同じように美味しい果物なのに、“Il a le melon(彼はメロンを持っている)”は全く別のことを意味しているのです。 “avoir le melon”を「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/avoir_le_melon)」で調べてみると、“avoir la grosse tête(大きな顔をしている)”と出てきます。他のサイトでも、 “se sentir important, supérieur(自分を重要な、優れた人間だと感じている)”、あるいは“prétentieux(うぬぼれの強い、気取っている)”とあります。要するに、「でかい面をしている」「傲慢である」「うぬぼれている」ということですね。 ですから、“Il a le melon(彼はメロンを持っている)”は、「アイツは傲慢だ、うぬぼれている」という意味。逆に「彼女はうぬぼれていない」なら、“Elle n’a pas le melon(彼女はメロンを持っていない)”です。 Prendre le melon(メロンをつかむ)という表現もあって、過去形で“Il a pris le melon(彼はメロンをつかんだ)”は、「アイツは傲慢になった」ということ。命令文でも使えて、「うぬぼれちゃダメよ」は、“Ne prends pas le melon(メロンをつかまないでね)”ですね。 ※      ※      ※ さて、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre/1964年ノーベル文学賞の受賞を辞退)の基本概念の一つに、「偶然性(contingence)」があります。難しいことは抜きにして暴力的に単純化すれば、「どんな人間にも生きている価値なんてない」ということです。もう少しソフトに、「誰もが、いてもいなくてもいい人間だ」と言ってもいいでしょう。このことが人間の「平等」の哲学的根拠になります。 私は大学生のときにサルトルを読み始め(最初はアタマが痛くなりましたがw)、「偶然性」についても理屈としては、かなり早い段階で理解できていたと思います。具体的なレベルでも、自分が「いてもいなくてもいい人間」だということは、理論的には十分に納得し、了解していたつもりです。 他方で心情的には、それについて消化しきれないものが、長い間、残っていました。心の底の底では、自分が「必要な人間=いなくてはならない人間」であるかのような「幻想」が消え去らなかったのです。 しかし40歳を過ぎて、結局自分には大したことが出来ないこと、歴史に残るような輝かしいことは何も出来ないことが明白になってくると、そうした「幻想」もいつしか消えました。今の私は、自分が「いてもいなくてもいい人間」だと、感情的にも完全に受容して生きています。 だから、高慢な人、自分を「エライ」と思っている人を見かけると、皮肉の一つも言ってやりたくなるのです。でも、実際にはなかなか口に出して言えないので、心の中でつぶやきます、「アイツはメロンを持っているw」と。

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