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漆黒をすり潰す男(un homme qui broie du noir)

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こんにちは。バゲットです。

前回は気力が靴下レベルまで低下する話(=avoir le moral dans les chaussettes)をしましたが、考えてみれば、私の若いころの友人には性格の暗い人が多かったように思います。大学の学部が文学部だったせいでしょうかw。

それでも大学院時代の友人たちは、「若さを満喫する」というタイプではないにせよ、少なくとも勉強に関しては前向きで、野心を持ち、希望に満ちているように見えました。しかし学部のころの友人には、その存在そのものが生の苦悩を体現しているかのようなw、あるいは人類の不幸をたった一人で耐え忍んでいるかのようなww者が、何人かいました。

代表格の一人が日本文学専攻のKくん。プライバシーに配慮して詳細は書きませんが、いろいろとあって被害妄想の権化と化し、些細なことで腹を立て、バカバカしいことで嫉妬し、常に沈んだ様子で、まるで墓石が洋服を着て歩いているかのようなwww、ほとんど暗黒星雲並みの暗さをまとっていました。

  • ※       ※      ※

さて、フランス語に“broyer du noir(=黒をすり潰す)”という表現があります。

漆黒をすり潰す男
Broyer du noir

久しぶりに“ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/broyer_du_noir)”で調べてみると、“se livrer à des pensées sombres, mélancoliques(=暗い、憂鬱な考えに身をゆだねる)”とあります。別のサイトには、“avoir des pensées pessimistes(=悲観的な考えを持つ)”とある。日常的な日本語で言えば、「気が滅入る」「落ち込む」「ふさぎ込む」といったところでしょう。

面白いのは「語源」です。もともとはルネッサンス時代の画家たちが、黒い絵の具を作るために木炭をすり潰したことから来ているらしい。その後「黒胆汁(bile noire)」の分泌が憂鬱・悲哀の情を生じさせるという、18世紀に医学界で一般化した学説に触発されて、19世紀になってから現在の用法が確立したそうです。

ネットで用例を探してみると、“Je vais broyer du noir en silence(=オレは黙って黒をすり潰すよ)”、“Elle va sûrement être déçue, et broyer du noir pendant des jours(=彼女はきっと失望して、何日も黒をすり潰すだろうね)”、“Ne la laissons pas broyer du noir(=あの子が黒をすり潰すのを放っておいちゃダメだよ)”、“Ne reste pas là à broyer du noir(=そんなところで黒をすり潰していないで)”などが見つかります。

  • ※      ※      ※

さて前述のKくん、修士課程在学中に、新築の公営住宅入居の抽選で数十倍という倍率の中を当選します。その後、博士課程には進めなかったようなのですが、東京から特急で1時間半ほどの地方都市にある短大で、専任教員の職をゲット。そして、なんと彼より10歳も若い教え子と恋に落ち、「彼女いない歴=年齢」を卒業、めでたく結婚に至ります。さらにさらに、それから10年ほどしたら、勤務する短大が四年制大学に改組。Kくんは「大学教授」になったのです!オレよりエライじゃねえかww。

彼とはもう30年以上も会っていませんが、今ごろは明るく暮らしているのでしょうか。Kくんの明るい顔って、私には想像することもできないのですがwww。

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悲しみのイレーヌ

『悲しみのイレーヌ/Travail soigné』フランス語学校

こんにちは。バゲットです。 数年前、ピエール・ルメートル(Pierre Lemaitre)の『その女アレックス(Alex)』が日本のミステリー界を席巻し、60万部を超えるベストセラーとなったことは、ご記憶の方も多いと思います。フランスの小説が日本であれほど話題になったのは、マルグリット・デュラスの『愛人(L’Amant)』(邦訳1985年)以来、30年ぶりのことでした。 今回紹介したいのは、同じくルメートルの『悲しみのイレーヌ』(文春文庫)。原題は「入念な仕事(Travail soigné)」で、邦訳のタイトルは英訳から取ったもののようです。『その女アレックス』の前日譚ですが、こちらの作品もフランスで4つの賞を受賞し、日本でも「週刊文春ミステリーベスト10」で1位に選出された秀作です。 主人公は身長145センチの俊英、カミーユ・ヴェルーヴェン(Camille Verhoeven)警部。その部下に、富豪の御曹司で美男のルイとドケチのアルマン。上司は巨漢のル・グエン。『アレックス』でお馴染みのカルテットが、この作品でも活躍します。 さて、パリ郊外のロフトで、二人の娼婦の惨殺死体が発見されました。ルイが電話で「こんなのは見たことがない」と言う通り、現場は血と排泄物にまみれ、死体は切断された上に内臓をえぐられ、切り落とされた首が壁に釘付けされている・・・という凄惨な状況。そして、首の横には巨大な血文字で、「わたしは戻った」と書かれている。 そのような過剰とも言える「演出」の目的は何なのか。自問するカミーユは、それがある有名なミステリー小説の殺人現場の再現であることに気づきます。さらに調べてみると、同様に著名な小説に描かれた殺害場面を再現する、いくつかの未解決事件があることが判明し・・・ ミステリー小説としての出来栄えは、『その女アレックス』を上回ると思います。ストーリー展開はスリリングで、登場人物も丁寧に描かれていて魅力的。仕掛けられたトリックも秀逸で、「小説の新たな可能性を切り開いた」とさえ評価できそうです。 フランス好き、ミステリー好き、小説好きのすべての方にお薦めしますが、特に『アレックス』を未読の方は、前日譚である本作品をお先にどうぞ。

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