サイトロゴ

レコールドフランセ フランス語学校 へようこそ!

03-3363-6603

blog

バカロレアに落ちちゃった?(Si je rate mon bac ?)

投稿日:

こんにちは。バゲットです。

フランスでは今年も7月6日、バカロレア(baccalauréat)=「大学入学資格試験」の合格発表がありました。
今年の受験者は753,000人超で、合格率は78.8%。僅差の不合格者には「追試(rattrapage)」がありますから、最終的な合格率は85%を超えそうです(ちなみに、17年の最終合格率は87.9%でした)。
日本人の感覚で面白いと思うのは、フランスではバカロレアのトップ合格者や最年少合各者がテレビで紹介されること。昨年のトップはレユニオン島(La Réunion)の女子生徒で、テレビのインタビューでは、満面の笑みを浮かべて、「勝因」と将来の夢を語っていました。これが日本だったら「受験競争を煽る」とか「高校教育をゆがめる」とか、あるいは端的に「差別だ」とか、さまざまな批判を浴びそうに思います。
さて、フランス語で「バカロレア合格者」のことを「バシュリエ(bachelier)」と言いますが、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには「世代ごとのバシュリエの割合(proportion de bacheliers dans une génération)」が記載されています。フランスの学校では飛び級も落第もあって、18歳でバカロレアを受験するとは限らないので、「世代」というあいまいな言い方をするのでしょう。それによれば、1970年に20.1%、80年に25.9%だったのが、2012年にはなんと「世代」の76.7%が「バシュリエ」です。現代の若い世代では、3/4以上の人がバカロレアに合格しているのです。
これは逆に言えば、バカロレアを持っていないと、労働市場で非常な苦戦を強いられることを意味します。実際、6日のテレビニュースで放映されたルポルタージュ「バカロレアなしで生きる(Vivre sans le baccalauréat)」に登場した若い女性は、「何年も失業状態にある(elle enchaîne plusieurs années de chômage)」と嘆いていました。
もっとも、バカロレアなしで社会的に成功している人たちも、確かに存在します。上記のルポでも28歳のIT技術者が紹介されていましたし、何年か前に見た別のルポにも、起業して成功した人や芸能界で有名になった人が出ていました。
ウィキペディアにも「バカロレアを持っていない著名人」が掲載されています。超有名どころでは小説家(『人間の条件』『王道』など)で文化大臣も務めたアンドレ・マルロー、俳優のアラン・ドロンとジェラール・ドパルデュー。他に私は知らない名前なのですが、有力政治家が何人もいるようです。さらに若いところでは、サッカーのジネディーヌ・ジダンと俳優のオマール・スィ。ジダンは少年時代からサッカー一筋だったのでしょうが、オマール・スィはひょっとしたら「落第」かも知れません。
私が「極めつき」だと思うのは、『居酒屋』『ナナ』などで有名な文豪エミール・ゾラ(Emile Zola)です。
エミール・ゾラ
ゾラはバカロレアに二回挑戦して、結局取得できませんでした。当時は「難関」だったのでしょうし、不合格だったことにはいろいろと個人的な理由もあるのでしょうが、その挫折の経験が、後年、下層の人々の悲惨な生活を描いた名作につながったのかも知れません。

-blog

執筆者:

関連記事

フランス語・不定冠詞と定冠詞(Les articles définis et indéfinis)(2)

こんにちは。バゲットです。 前回書いたように、不定冠詞は「不特定」の「可算名詞」につけて用います。ここで「不特定」とは、「どれを指すか聞き手にはわからない」、あるいは話し手にとっても聞き手にとっても「どれでもいい」ということでした。 で、今回のテーマは定冠詞の使い方。定冠詞は、 le+男性名詞単数形、 la+女性名詞単数形、 l’+母音(あるいは無音のh)で始まる男女単数形、 les+複数形で、「特定のもの」もしくは「総称」を表す名詞につけて用います。「可算」「不可算」の区別はなく、どちらにも使える(もちろん「不可算」なら複数形にはなりませんが)。「総称」に関しては次回に回すとして、まず「特定のもの」について解説しましょう。 ここで「特定」とは「会話のその場面で特定されている」ということ、もっと簡単に言えば「どれを指すか聞き手がわかっている」ということです。これにはいくつかパターンがあって、まず「文脈、話の筋道からわかる」ケース。前回書いた「どこかで見かけたイヌ」の場合がそうで、初めて言及するときは聞き手にはどのイヌかわかりませんから、不定冠詞をつけて“un chien”。二度目からは「そのイヌ」だとわかりますから、定冠詞とともに“le chien”です。 不定冠詞 あるいは、「どれを指すか状況からわかる」ケースもあります。たとえば「ドアを開けなさい」。目の前のドア、近くのドア、誰かがノックしたドア、もしくはその部屋にドアが一つしか無くて、聞き手がどのドアかわかるなら、“Ouvrez la porte”。これを“Ouvrez une porte”と言ってしまうと、「どれでもいいからドアを一つ開けなさい」という意味になってしまいます。 あるいは、私は田園都市線の三軒茶屋駅から徒歩5分くらいのところに住んでいますが、友人が初めて家に遊びに来るとして、「迎えに行くから、駅に着いたら電話してね(Appelle-moi quand tu arriveras à la station)」。ここで「駅」と言えば「三軒茶屋駅」だとわかりますから、定冠詞をつけて“la station”です。 さらに「もともと一つしかないから、聞き手はどれを指すかわかる」ケースもあります。よく挙げられるのが「太陽(le soleil)」と「月(la lune)」。他にも「(その国の)大統領(le Président)」、「(その国の)首相(le Premier ministre)」、「(その会社の)社長(le PDG)」「(その会社の)営業部長(le directeur commercial)」(言うまでもなく、以上は女性形も可能です)、「(その国の)政府(le gouvernement)」、「(居住地の)市役所(la mairie)」など、いくらでもありますね。 「de+名詞で限定されると定冠詞」などと書いてある教科書・参考書もありますが、それほど単純ではありません。つまり「de+名詞」がついても、「一つ」に限定されなければ不定冠詞をつけるのです。たとえば「ポールのお母さん」は一人しかいないので、“la mère de Paul”でよい。しかし、フローベールは複数の小説を書いていますから、「小説(roman)」に“de Flaubert”をつければ自動的に定冠詞になるというわけではありません。「フローベールのある小説」なら“un roman de Flaubert”で、二度目に言及するなど、聞き手が「フローベールのその小説」とわかるときに初めて、“le roman (de Flaubert)”となります。「ルイ・ヴィトンのバッグ」も同様で、聞き手がどのバッグか特定できないなら、“un sac de Louis Vuitton”ですね。 作家やブランド以外でも、事情は変わりません。たとえばあなたが知人に一人の女性を、「この人はマリーの友達です」と紹介する場合。マリーに友人が一人しかいないということは普通ありえませんから、このケースは“C’est une amie de Marie”です。聞き手が「どの友人」を指すかわかるときに初めて、“l’amie de Marie”と定冠詞になりますね。 さて、次回は「総称」の定冠詞について書きましょう。

ワールドカップフランス

フランスの国技(sport national de France)

こんにちは。バゲットです。 2018FIFAワールドカップは、フランスが「圧倒的」と言ってもよい強さで優勝しました。試合は深夜に行われたので、皆さまの中にも睡眠不足で苦労された方は多いと思います。 今回で2度目の優勝はフランス国民のみならず、日本のフランス関係者にとっても非常に喜ばしい出来事でした。特にフランス語教育を生業とする人たち(私もそうですが)は欣喜雀躍し、「来年はフランス語の履修者が増えるだろう」と期待に胸を膨らませています。 これほど強いのですから当然ですが、サッカーはフランスで最も広く行われているスポーツです。2016年の統計では、各競技別の「競技連盟登録選手(licencié)」の数は、サッカーが200万人弱と、二位のテニス(100万人強)、三位の水泳(66万人)に大差をつけて、ダントツの一位となっています(les sports les plus pratiqués en France)。日本サッカー協会の登録選手が91万人(2017年)ですから、フランスの総人口が日本の半分程度(6700万人)であることも考慮すれば、いかにサッカーの人気が高いかが分かるでしょう。サッカーはまさにフランスの「国民的スポーツ(sport national)」です。 ではフランスの子供たちは、どのようにしてサッカーに慣れ親しむのでしょうか。フランス人の若い教師に聞いてみたところ、学校の体育(EPS=Education physique et sportive)でサッカーを習ったことは一度も無いそうです。親が子供にサッカーボールを買い与え、友達同士でサッカーをして遊んだり、あるいは親が熱心な場合は、フランス全土にたくさんあるクラブチームに子供を入れて、そこで本格的にプレーするようです。 そして、そうしたクラブの頂点に位置するのが、「リーグ・アン(Ligue 1)」。プロの20チームから成るリーグで、ヨーロッパ最上位のリーグ(イタリア、スペイン、イングランド、ドイツ)に次ぐレベルを持っており、それぞれのチームが各地の大都市を拠点にし、熱烈なファンを抱えてしのぎを削っています。 ※      ※      ※ さて、このようにサッカーはフランスでは「国民的スポーツ」ですが、「国民的スポーツ=国技(sport national)」という表現には、比喩的に、「その国で非常に人気のある慣行(pratique très populaire dans le pays)」を意味する用法も存在します。ネットで探してみたところ、「所得隠しは、多数の参加者を持つ国民的スポーツだ(la dissimulation des revenus est un sport national comptant de très nombreux adeptes)」、「公務員を批判するのはその国の国技だ(C’est un sport national au pays de critiquer la fonction publique)」などの用例が見つかりました。 それでは、そうした意味でのフランスの「国技」は何でしょう。すぐに思いつくのは、「ストライキをすること(faire grève)」や「デモをすること(se manifester)」でしょうか。 では、日本の「国技」は何なのか。「貯金すること(faire des économies)かな」と思って、フランス人教師二人に確認してみましたが、二人とも「NG」。一人は「もう少し難しいことでなければ『国技』と言わない」、もう一人は「もっと悪いことでなければ使わない」とのことでした。なるほどね・・・。 では、あなたの考えでは、日本の「国技」は何ですか?

靴下の中のモラル(la morale/le moral dans les chaussettes)

こんにちは。謎のキャラクター、バゲットです。 いきなり高度にプライベートな話で申し訳ありませんが、私の生涯で今年の夏ほど、自分の足の臭さ(!)を強烈に感じたことはありませんでした。 私は今年の夏休み、ほとんど家にこもって論文を書いていました。キーボードに向かって、順調に進んでいるときはよいのです。ところが疲れてきたり行き詰ったりして、一休みしようと、パソコンに背を向けてスリッパを脱ぐと、裸足の足のつま先あたりから、強烈な臭いがむわ~と放たれて、私の鼻をつく。あまりに臭いので、一日に三回、足を洗い、スリッパも洗ったり交換したりするのですが、それでもしばらくすると、私の足は再び猛烈な悪臭を放ち始めるのです。 そんなある日のこと、ネットで、「特急電車の中で靴を脱いで、臭い足を投げ出す人がいて迷惑だ」という趣旨の記事を読みました。私も著者の意見に大いに賛同し、「真夏に公共の場所で靴を脱いで、超絶臭い足を他人の前にさらすなんて、人間として最低限のモラル(la morale)も持っていないwと思われても、仕方ないよなぁ・・・」と考えた次第なのでした。 ※      ※      ※ さて、以前も書いたことがありますが、フランス語で「ラ・モラル(la morale)」と言えば「道徳」「倫理」。しかし、同じ語でも男性形で「ル・モラル(le moral)」と言うと、「気力」「士気」を意味します。 動詞“avoir”とともに用いて、“Elle a le moral”は、「彼女は気力が充実している、やる気満々だ」。“Elle a bon moral(よい気力)”や“Elle a le moral élevé(高い士気)”でも同様です。 反対に“Il n’a pas le moral”、“Il a mauvais moral(悪い士気)”、あるいは“Il a le moral bas/à zéro/à plat(低い/ゼロの/ぺしゃんこの士気)”と言えば、「彼は気力を失っている、落胆している」という意味。ネイティブに確認しましたが、「強い精神的ショックを受ける」ことは必須ではなく、たとえば会社でつまらない仕事ばかりやらされて、「こんな仕事、やる気にならない」といった場合でも使えるそうです。あるいはネットで調べてみると、「一人も友達がいなくて、朝から雨が降っていて、気分がふさぐ」みたいなケースもOK。 “avoir le moral dans les chaussettes(靴下の中にモラルを持つ)” 面白いと思ったのは、“avoir le moral dans les chaussettes(靴下の中にモラルを持つ)”という言い方。“la morale(倫理)”じゃなくて“le moral(気力)”ですから、足の臭さwは関係ありません。気力の度合いを身体の中の垂直線に対応させると、一番下に来るのが「足」。ですから、“J’ai le moral dans les chaussettes(私は靴下の中に気力を持っている)”は、「私は全くやる気がない/意気消沈している」という意味ですね。 ※      ※      ※ 考えてみれば、私も若いころは、大した理由もなくひどく落ち込むことがありました。学部の学生だったとき、一年に一度か二度なのですが、朝、目が覚めて、特にこれといった原因もないのに何もする気にならず、何もかも面倒になって、人生そのものも面倒になって、ほとんど鬱病みたいになって、夕方まで布団の中でウダウダしていて、夜になってお腹がすいて、何か食べようと思ってようやく起き出す・・・というようなことがありました。 ところが20代半ばになると、そうしたことはバッタリとなくなりました。バカな話ですが、今になってみると、何となく懐かしいような気もします。

私のウサギちゃん

私のかわいいウサギさん(mon petit lapin)

大学1年の冬だったように記憶しているのですが、アーネスト・ヘミングウェイ(註)の『誰がために鐘は鳴る』を読みました。スペイン内戦(1936~1939)を舞台に、義勇兵として参戦したアメリカ人の青年ロバート・ジョーダンと、両親をファシストに殺されたスペイン人少女マリアとの悲しい恋を描いた、恋愛小説の名作です。宝塚歌劇団でミュージカルになっているので、そちらでご存知の方も多いと思います。 さて、その小説の中で、主人公はマリアのことを「ウサギさん」と呼んでいます。 あまりに照れくさくて、読んでいて恥ずかしくなったものでしたが、その後、フランス語では実際にそういう言い方をすることを知って、驚きました。 Mon lapin(私のウサギちゃん)と。 恋人同士、夫婦間あるいは子供に対する、愛情を込めた「呼びかけ」だそうです。 そこにpetit(かわいい)という形容詞を入れて、mon petit lapin(私のかわいいウサギちゃん)のように言うこともできますね。 同様の言い方は他にもあって、mon chat(私のネコちゃん)と言うこともあります。 「相手が女性の場合、女性形にするのかな?」と思って、レコール・ド・フランセでパスカルに尋ねてみましたが Ma lapine(私のウサギちゃん)は「ダメ」(lapine は「子だくさん」というニュアンスがあるようです)、Ma chatte(私のネコちゃん)は、「自分は聞いたことはないが、あり得るのではないか」とのことでした。 辞書で調べてみると、mon rat(私のネズミちゃん)もありましたが、パスカルは「聞いたことがない」と言っていました。 動物以外では、mon bijou(私の宝石さん)、あるいは変わったところでは、mon chou(私のキャベツちゃん)もあります。 というか、そもそも若い恋人同士が密室に中で言うのなら、「何でもあり」っていう気もしますけどね。 ※       ※      ※ ヘミングウェイの小説の舞台はスペイン内戦ですが、スペイン語でも普通に言うのかもしれません。 (註)アーネスト・ヘミングウェイ(1899年~1961年)。『日はまた昇る』、『武器よさらば』、『誰がために鐘は鳴る』、『老人と海』などが有名。1954年、ノーベル文学賞受賞。

サンマの料理

サバとサンマと真っ赤な嘘と(des poissons et un gros mensonge)

こんにちは。バゲットです。 私が高校生のとき、お姉さまが東京外国語大学でフランス語を勉強しているという同級生がいました。彼は私に、「姉から聞いた話」として、次のように教えてくれました。 ・・・・・・フランス語では、挨拶で「サバ (Ça va) ?」と言う。英語の How are you ? に対応する表現で、「元気かい」という意味だ。サバ(↓)です。 そう挨拶された相手は、元気なら「サバ」と答える。もし元気じゃなかったら、「サンマ」と答える。サンマ(↓)です。 「偏差値」と「権威」に弱い、素直な(?)高校生だった私は、「東京外大」の権威にコロリとだまされ、友人の話を全面的に信じました(註)。そして思ったのでした、「フランス語はなんと不思議な言語なのだろう、私も大学に入ったら、絶対にフランス語を勉強しよう」と。 ※       ※       ※ さて、フランスでもサバ(maquereau)はよく食べるようで、ネットで検索すると、サバの料理はたくさんヒットします。たとえば、これ(↓)とかです。 おいしそうですね。 でもサンマは、辞書で引いてみると、学名(scombrésocidé)しか出てきません。ウィキペディア日本語版によると「北太平洋に広く生息する」とありますから、大西洋にはいないのでしょう。 サバもマグロ(thon)もサケ(saumon)もイワシ(sardine)も、さらにはタイ(daurade)やウナギ(anguille)でさえ、太平洋にも大西洋にもいるのに、なぜサンマは太平洋にだけいて、大西洋にはいないのでしょうか??? 「進化の謎」だとしか言いようがありません。ただ、サンマの塩焼きが大好きな私は、「日本に生まれて本当に良かった」と思うだけです。 ※       ※       ※ さて、「真っ赤なウソ」は、フランス語では何と言うのでしょう。辞書で引くと“ un gros mensonge ”と出てきます。 あるいは、驚いたとき、信じられないときに言う「ウソ~!」だったら、“Tu blagues/plaisantes /rigoles !(=冗談だろ)”、“C’est pas vrai !(=ホントじゃない)” でいいでしょう。“Sans blague !(=冗談はナシだぞ)” という言い方もありますね。 まあ、これらの表現を覚える切っ掛けになったということで、高校の同級生の「真っ赤なウソ」は、水に流すことにしましょうか。 (註)フランス語を全く知らない方のために書いておきますが、「サバ (Ça va) ?」は事実です。「サンマ」は、全くのデタラメです。

あなたのお住まい、お仕事は東京でしょうか?フランス語や文化に興味がございますか? くつろげて、自分に合うフランス語学校をお探しでしょうか?

東京でフランス語を学ぶのでしたら、新宿、池袋から数分の私たちの学校のサービスをご提案します。

初心者、初級対象者のすべての方には他校にはないプライベートレッスンをご提供します。初心者の方にはマンツーマンでそれぞれの題材の最後までご指導します。

その他のレベルではスタンダードコースとして(中級、上級)クラス内での広がりを作る為に1クラス3人まで のセミプライベートレッスンとプライベートレッスンがございます。

個人レッスンでは各ご要望のコースで対応します(文法、語彙、口語表現、試験準備、テレビニュース他…)。 フランス語会話サロンでは文化や社会に関する様々な題材で意見を交わし、東京からフランスまでを旅し、横断する事が出来ます。又、幼稚園生から大学生まで、セミプライベートレッスン、個人レッスンもご提案させていただきます。

私達の学校は会話を基本とする方法で、フランス語圏出身の講師による生きた会話レッスンを行っています。そういうわけで、私達は本校のことを、会話学校又は自由会話サロンと呼んでいます。