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わらの女(La femme de paille)

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こんにちは。バゲットです。

皆さま、『わらの女(La femme de paille)』というミステリー小説をご存知ですか。
フランスの女性作家カトリーヌ・アルレーの作品で、週刊文春の『東西ミステリーベスト100』(新版・2012年)では、海外編第53位(1986年の旧版では23位)にランクされる名作です。ミステリーファンなら知らない者などないと言ってもよいでしょう。
調べてみると、イギリスで映画化された他、日本でもドラマの原作として何度も使われています。

カトリーヌ・アルレー わらの女

カトリーヌ・アルレー
わらの女

若くて美しい貧しい女性が、財産目当てに年老いた大富豪に近づいて、首尾よく妻の座を手にするが・・・というお話ですが、皆さま、このタイトル(「わらの女」)、意味不明だと思いませんか。

わら人形を作って、丑三つ時に釘をカンカンw・・・というような場面とは全く関係ありません。

実は私も、フランス人の教師とこの小説について話していて初めて知ったのですが、フランス語には homme de paille (わらの男=わら人形)という表現があるのです。「怪しい事業などの名義貸し人、ダミー」という意味です。「わらの女」はその女性ヴァージョンだったのですね。

まっ、ヒロインが本当に「名義貸し人、ダミー」なのかは、読んだときのお楽しみ。
面白いですよ。お薦めです。

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金魚

金魚の記憶力(une mémoire de poisson rouge)

こんにちは。バゲットです。 「ニワトリは三歩歩くと忘れる」と言います。小学校五年生のときの担任がユーモアのある先生で、何かの機会に教えてもらったように記憶しています。 祖母がニワトリを飼っていて、私は日常的にニワトリと接していたので、それを聞いたときは奇妙に納得したものでした。実際、庭にいるニワトリを私がイタズラでw追いかけると、追いかけている間は必死に逃げるのですが、私が追いかけるのをやめるとニワトリも逃げるのをやめ、何もなかったかのように悠然とした態度を取るのです。他の動物や鳥だったら、追いかけるのをやめても、まず安全な場所まで逃げるでしょう。「ニワトリは三歩歩くと忘れる」というのは比喩ではなく「事実」であって、バカな生き物の代表としてニワトリが選ばれるのは、私にはすごく自然なことのように思われたのでした。 ※      ※      ※ さて、フランス語ではバカな生き物の代表は、ニワトリではなく金魚です。 「金魚の記憶力(mémoire de poisson rouge)」という言い回しがありますが、いつものように「ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/mémoire_de_poisson_rouge)」で検索してみると、“mémoire courte(忘れっぽさ←短い記憶力)”、“très mauvaise mémoire(非常に悪い記憶力)”と出てきます。多くは動詞“avoir(持っている)”と共に用いられ、たとえば、“il a une mémoire de poisson rouge(彼は金魚の記憶力を持っている)”で、「彼は忘れっぽい」、「アイツは物覚えが悪い」。あるいは、子供が宿題をしなかったり、部屋を片づけなかったりしたとき、親が「何度言ったらわかるの!」という意味で、“Tu as une mémoire de poisson rouge(お前は金魚の記憶力を持っている)”と言ったりするようです。 上のサイトの“Étymologie(語源)”の箇所には、「俗説(idée reçue)によれば、金魚の記憶は5秒を超えない」とあります。別のサイトでは「3秒」です。社会通念(idée reçue)上、金魚は記憶力が弱いとされていて、それ故、忘れっぽい人、物覚えが悪い人のことを「金魚の記憶力を持っている」と言うわけですね。 他方で、さまざまな科学的研究が反対のことを示しているそうです。たとえば、あるサイトには「金魚を訓練して、レバーを押すとエサがもらえることを覚えさせた(entraîner des poissons rouges à pousser un levier pour récupérer leur nourriture)」とあります。記憶5秒説は単なる「俗説」で、金魚の記憶力は本当はそれほど悪くはないのです。 では、なぜそんな「俗説」が出来たのでしょうか。ヤフー・フランスの質問コーナーに、なかなか興味深い「回答」が寄せられていました。それによると、「ものを考える動物を小さな金魚鉢の中に閉じ込めておくとしたら、それはあまりにも恐ろしいことだ(il serait trop horrible de laisser un animal pensant enfermé dans sa petite boule)」。一説によれば、金魚がストレスを感じることなく生活するためには、少なくとも50リットルの水が必要だそうです。小さな金魚鉢の中に閉じ込めて、「金魚はバカだから何も感じないはずだ」と、人間が自分を安心させるために、この「俗説」が作られたというのです。 ※      ※      ※ 先日のことですが、ある本を探して、書斎の読み終わったFolio(←フランスの文庫本)を置いてある棚をガサガサやっていたら、カミュ(Albert Camus)のLettres à un ami allemand(『ドイツ人の友への手紙』)とL’envers et l’endroit(『裏と表』)が出てきて、ひどく驚きました。私はそれらの本については「未読」だと思っていたからです。開いてみると、赤のボールペンで重要箇所にチェックが入っています。読んだ本の内容を忘れるならまだしも、読んだという事実そのものを忘れるとは!!! 私もあまり、ニワトリや金魚をバカにすることは出来ないようですねw。

パリ国際農業見本市

パリ農業見本市(Salon international de l’agriculture à Paris)

こんにちは。バゲットです。 つい先日のことですが、フランスでは、今年も「パリ国際農業見本市(Salon international de l’agriculture à Paris/https://www.salon-agriculture.com/)」が開催されました。この見本市は、普仏戦争直前、1870年の「第一回農業共進会(concours général agricole=農産物総品評会)」にまでさかのぼる長い伝統を持つもので、それが現在の形に再編されたのが1964年。以来、毎年二月下旬~三月上旬に催され、今回は第56回に当たります。 今年の日程は2月23日(土)~3月3日(日)。会場はパリ南部の「ポルト・ド・ヴェルサーユ見本市会場(Paris Expo Porte de Versailles)」で、東京ドームの三倍という広さです。そこに6つのパビリオンが設けられ、数十の国から来た1000以上の出品者(exposants)が、農業に関するありとあらゆるもの(家畜、肉製品、穀物や野菜や果物、チーズやワインなどの加工品から、はたまた農機具に至るまで)を展示するのです。期間中、近年は毎年60万~70万人が訪れ、19年の来場者も、63万3千人でした。 見本市は「野菜などの農作物」「畜産」「地方の特産品」など四つのコーナー(univers=宇宙)から成り、畜産コーナーでは350種類、4000匹以上もの動物が登場します。来場者が触ることのできる家畜もいるので、それを目的に子供を連れてくるお父さん・お母さんも多いようです。 展示される食べ物・飲み物は試食もできて、来場者の2/3が平均91ユーロの買い物をするそうです。 前述した「農業共進会(=農産物総品評会)」も組み込まれています。「家畜(6種類)」「農産物(21種類)」「ワイン」「若い農家(jeunes professionnels)」の四分野で、地方大会を勝ち抜いた農家が「決戦大会」を戦います。 フランスでは農業は、「世界に誇るフランス料理に食材を提供する」という位置づけで、極めて重要な産業です。国土の52.5%が農地で、農家の方たちはプライドを持って働いています。そのため、毎年この見本市には共和国大統領(Président de la République↓)を始め、野党党首などの大物政治家も必ず来場します。 マクロン大統領は、今年は初日の朝の8時半に来場し、20時の閉館まで滞在しました。 ※      ※      ※ さて、何度も書いたように、私の実家は千葉の元農家です。集落から少し離れた一軒家で敷地も広かったので、私が子供のころは、牛、馬、ブタ、山羊、ウサギ、ニワトリ等、たくさんの動物を飼っていました。こう言ってよければ、自宅で、小規模ながら「農業見本市」が開かれていたようなものです。 当時の私はまだ幼くて、何のためにそんなにたくさんの動物がいるのかまったく理解していませんでした。馬だけは「蹴られると大ケガをするから、触るな」と言われていましたが(でも少しは触っていましたがw)、他の動物たちはさわり放題、なで放題。たまにはイタズラもしたりして、私にとって彼(女)らは「家畜」というより「ペット」、あるいは「少し変わった友達」といったところだったでしょうか。 まぁ、今になって考えてみれば、3~4歳の私より牛やブタの方が知能が高かった可能性は十分にあるわけで、ひょっとしたら、彼(女)らの方が私のことを「ペット」のように思っていたのかもしれませんw。

バカロレアの写真

前回についで、大学入試資格試験・バカロレア

バカロレアについて(2) こんにちは。バゲットです。 前回についで、大学入学資格試験・バカロレアについて、書きましょう。 さて、合格率90%超はいいとして、どのくらいの割合のフランス人がバカロレアを受験するのでしょう。 2017年の受験者数は、約72万人と報道されました。フランスの18歳人口が分らないのですが、2006年の出生数は、約83万人です。1999年の出生数がそれを同程度だとすると、86.7%という数字が出てきます。 あるいは、2012年の18歳バカロレア取得率が76.7%で、その年の合格率が84.5%。そこから逆算すると、90%超の18歳がバカロレアを受験していることになります。 無論、18歳でなくてもバカロレアを受験することはできる(註)わけで、上記の数字はそうした人たちを計算に入れていませんが、いずれにしても、80%台後半から90%の若者がバカロレアを受験するのでしょう。 逆に言えば、18歳のフランス人の90%が受験し、その90%が合格するのなら、80%超の若者がバカロレアを取得している計算になります。取得率は1980年には25.9%、90年には43.5%でしたから、親たちの世代と比べるとずっと増加していることがわかります。 これを好意的に見れば、高等教育へのアクセスが「民主化された(démocratisé)」ということになるのでしょうが、バカロレアの価値が「下落」したことは否めません。 さて、2012年の統計では、普通バカロレアの受験生の内訳は、科学系52%、人文系16%、経済・社会系が32%となっています。この「系列(filière)」は、高校2年生になる時点で選択しなければなりません。 日本の大学入試でも、理系から文系に変えることはできても、文系から理系に変えるのはかなりの困難を伴います(短時間では「不可能」に近いと言ってもいい)。それと同じで、進路を決めあぐねている高校生が、取りあえず科学系を選択し、どの学部に進学するかは、大学に入学するときに考える、ということではないでしょうか。 補足しておけば、取得したバカロレアの種類にかかわらず、進学する学部は自由に決められます。極端な話、人文系のバカロレアで、医学部に進学することも可能です。ただし医学部は、2年生に進級するときに厳しい選抜があって、9割以上の学生が不合格になるそうですが。 (この項、続く) 註・バカロレアは飛び級して受験する人もいますし、中年・熟年になってから受験することも可能です。

モン・サン・ミシェル

モン・サン・ミシェル(Le Mont-Saint-Michel)

こんにちは。バゲットです。 フランスの観光スポットの中でも最も有名なものの一つ、モン・サン・ミシェル。私も15年以上前に訪れたことがあります。 フランス人の若い女性のガイドさんについて修道院を回った(無料だったような気がします)のですが、覚えていることといえば、何もない薄暗い廊下と部屋をいくつも通ったこと、中庭のようなところに花が咲いていたこと、ガイドさんが「プロフィテ・ザン(Profitez-en)!」(註)と繰り返し叫んでいたこと、大広間のようなところでツアーが終わったこと・・・ぐらいです。 さて、そのモン・サン・ミシェル。もともとは海岸から1キロほど離れた小島で、潮が引いたときだけ歩いて渡れたのですが、19世紀後半に海岸と島をつなぐ堤防=道路が作られたことで潮の流れが変わり、周囲が砂で埋まってしまいそうな状態でした。そのため10年ほど前から、堤防を壊し、砂を取り除いたり、橋を作ったりして、景観修復工事をして、完了したのが2014年。現在では駐車場は対岸にあって、シャトルバス(+馬車!)または徒歩で橋を渡ることになっています。 数年前、フランスのテレビのルポルタージュで見て、ちょっと驚きました。このモン・サン・ミシェルには観光客立ち入り禁止の区画があって、そこでは現在でも修道僧たちが、朝早く起きて質素な食事を作ったり、聖書を読んだり、瞑想したりと、修道院としての活動を行っているそうです。 考えてみればモン・サン・ミシェルは、もともとはカトリックの有名な「巡礼地」です。日本人でもカトリック信者の方なら、しかるべき筋から「紹介状」をもらって、しばらく滞在することができるのかもしれません。心当たりのある方は、試してみたらいかがでしょう。 (註)英語に直訳すれば、Enjoy this ! 日本語で言えば「ご覧下さい!」でしょうか。

靴下の中のモラル(la morale/le moral dans les chaussettes)

こんにちは。謎のキャラクター、バゲットです。 いきなり高度にプライベートな話で申し訳ありませんが、私の生涯で今年の夏ほど、自分の足の臭さ(!)を強烈に感じたことはありませんでした。 私は今年の夏休み、ほとんど家にこもって論文を書いていました。キーボードに向かって、順調に進んでいるときはよいのです。ところが疲れてきたり行き詰ったりして、一休みしようと、パソコンに背を向けてスリッパを脱ぐと、裸足の足のつま先あたりから、強烈な臭いがむわ~と放たれて、私の鼻をつく。あまりに臭いので、一日に三回、足を洗い、スリッパも洗ったり交換したりするのですが、それでもしばらくすると、私の足は再び猛烈な悪臭を放ち始めるのです。 そんなある日のこと、ネットで、「特急電車の中で靴を脱いで、臭い足を投げ出す人がいて迷惑だ」という趣旨の記事を読みました。私も著者の意見に大いに賛同し、「真夏に公共の場所で靴を脱いで、超絶臭い足を他人の前にさらすなんて、人間として最低限のモラル(la morale)も持っていないwと思われても、仕方ないよなぁ・・・」と考えた次第なのでした。 ※      ※      ※ さて、以前も書いたことがありますが、フランス語で「ラ・モラル(la morale)」と言えば「道徳」「倫理」。しかし、同じ語でも男性形で「ル・モラル(le moral)」と言うと、「気力」「士気」を意味します。 動詞“avoir”とともに用いて、“Elle a le moral”は、「彼女は気力が充実している、やる気満々だ」。“Elle a bon moral(よい気力)”や“Elle a le moral élevé(高い士気)”でも同様です。 反対に“Il n’a pas le moral”、“Il a mauvais moral(悪い士気)”、あるいは“Il a le moral bas/à zéro/à plat(低い/ゼロの/ぺしゃんこの士気)”と言えば、「彼は気力を失っている、落胆している」という意味。ネイティブに確認しましたが、「強い精神的ショックを受ける」ことは必須ではなく、たとえば会社でつまらない仕事ばかりやらされて、「こんな仕事、やる気にならない」といった場合でも使えるそうです。あるいはネットで調べてみると、「一人も友達がいなくて、朝から雨が降っていて、気分がふさぐ」みたいなケースもOK。 “avoir le moral dans les chaussettes(靴下の中にモラルを持つ)” 面白いと思ったのは、“avoir le moral dans les chaussettes(靴下の中にモラルを持つ)”という言い方。“la morale(倫理)”じゃなくて“le moral(気力)”ですから、足の臭さwは関係ありません。気力の度合いを身体の中の垂直線に対応させると、一番下に来るのが「足」。ですから、“J’ai le moral dans les chaussettes(私は靴下の中に気力を持っている)”は、「私は全くやる気がない/意気消沈している」という意味ですね。 ※      ※      ※ 考えてみれば、私も若いころは、大した理由もなくひどく落ち込むことがありました。学部の学生だったとき、一年に一度か二度なのですが、朝、目が覚めて、特にこれといった原因もないのに何もする気にならず、何もかも面倒になって、人生そのものも面倒になって、ほとんど鬱病みたいになって、夕方まで布団の中でウダウダしていて、夜になってお腹がすいて、何か食べようと思ってようやく起き出す・・・というようなことがありました。 ところが20代半ばになると、そうしたことはバッタリとなくなりました。バカな話ですが、今になってみると、何となく懐かしいような気もします。

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