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半分の過去(l’imparfait)?

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こんにちは。バゲットです。

久しぶりにフランス語の文法について書きましょう。今回は「半過去(l’imparfait)」です。

フランス語の初心者のみならず、中級者やときには上級者でも、半過去には苦労されている方が多いと思います。あるいは理解したつもりでいながら、実際の使用では間違えまくりという人もいるでしょう。私自身が長い間そうでしたからw。

※      ※      ※

では、まず基本から。半過去の語尾活用は、全ての動詞で共通。こう(↓)ですね。

半過去の語尾活用
半過去の語尾活用

語幹(変化しない部分)は、「私たち」の現在形(nous ~ons)から ons を除いた「~」の部分。たとえば chanter (歌う)なら nous chantons ですから、語幹は chant。実際に活用させてみると、 je chantais/tu chantais/il,elle chantait/nous chantions/vous chantiez/ ils,elles chantaient となります。

être だけが例外で(nous sommes と、~ons で終わらないので)、étais/étais/était/étions/étiez/étaient と活用します。

ここまではいい。問題は半過去の用法です。「複合過去とどう違うの?」と。

よく「複合過去は点の(短い)過去」「半過去は線の(長い)過去」などと書いてある教科書がありますが、事情はそれほど単純ではありません。「私はパリに十年住んでいた」は、“J’ai habité à Paris pendant dix ans”と複合過去になります。「点と線」で説明しようとすると、「10年」でも「点」になっちゃうのです。

そもそも「半過去」を意味するフランス語 l’imparfait は、「未完了」の意味。「まだ終わっていない過去」ということです。それを「半過去」と訳したのは、「行為半ばの過去」と考えてのことでしょう。

で、端的に言って、半過去の本質は「過去における現在」です。つまり「今」を中心とする現在形を、そのまま「過去のある時点」を中心とした時間軸にワープさせたものが、「半過去」なのです。

たとえば、現在形で“Je suis étudiant(e)/私は学生です”と言えば、「今」この瞬間に学生であるだけでなく、昨日も一昨日も(あるいは半年前も)学生だったし、明日も明後日も(あるいは半年後も)学生であることを含意します。これをそのまま「過去のある時点」に移転させたものが、“J’étais étudiant(e)/[そのとき]私は学生だった”なのです。

この「過去のある時点」は、「昨日(hier)」「三年前(il y a 3 ans)」「2012年に(en 2012)」「当時(à cette époque-là)」「私が家に帰ったとき(quand je suis rentré à la maison)」のように明示的に示されることもあれば、文脈で示唆されるだけのこともあるでしょう。しかし、いずれにしても話し手・聞き手の意識は「過去のある時点」にワープし、その時点での「現在」と認識されるのです。

このことから半過去の具体的な用法としては、

1.過去のある時点における「状態」や「出来事の背景・状況説明」(Elle avait les cheveux longs/[そのころ]彼女は長い髪をしていた、 Il neigeait/[そのとき]雪が降っていた)

2.過去のある時点における「継続・進行中の行為」(Ma mère préparait le dîner/[そのとき]母は夕食の準備をしていた)

3.過去のある時点における「習慣・反復」(Nous allions à la pêche tous les dimanches/[そのころ]私たちは毎週日曜日、魚釣りに行ったものだった)

などに分類できます。

注意しなければならないのは、「まだ終わっていない過去」ですから、「全体の期間」を言う表現とは一緒に使えないということ。「私は日仏会館で二年間働いていた」を、“Je travaillais à la Maison Franco-Japonaise pendant deux ans” と言ったら、間違いです。正しくは、“J’ai travaillé ~” ですね。

ただし、「そのときまでの期間」なら、OK。“J’habitais à Takadanobaba depuis cinq ans/ [そのとき]私は5年前から高田馬場に住んでいた”は、正しい文です。

さらに、同一内容の事柄でも、それを「出来事」として言うのなら複合過去、出来事の「背景」として言うのなら半過去になる。「昨日私は家にいた」は、“Je suis resté chez moi hier” と複合過去になりますが、この「私は家にいた」が別の出来事の「背景」となって、「昨日私が家にいると、弟が来た」は、“Je restais chez moi hier quand mon frère est venu” で半過去です。

  • ※       ※      ※

小説では通常、ストーリーに直接関わる出来事や登場人物の行為が単純過去(もしくは複合過去)で書かれ、背景の描写や状況の説明が半過去で描かれます。難しいかもしれませんが、特にフランス文学科の学生の方は、よく理解するよう努めて下さい。

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レジオン・ドヌールには5つの「等級」

レジオン・ドヌール勲章(Légion d’honneur)(2)

こんにちは。バゲットです。 今回も、レジオン・ドヌール勲章について書きましょう。 さて、レジオン・ドヌールには5つの「等級」があって、下からシュヴァリエ(Chevalier=騎士)、オフィシエ(Officier=将校)、コマンドゥール(Commandeur=司令官)、グラントフィシエ(Grand-Officier=大将校)、グランクロワ(Grand-Croix=大十字)。フランス人の場合は、まずシュヴァリエに叙勲され、それからオフィシエ・・・とだんだん上がっていくそうですが、外国人の場合はそうではなく、その功績に応じて等級が決まります。 他方で、前回も書いたハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのように、一旦もらった勲章を「剥奪」されることもあります。フランス人の場合は、1年以上の禁固刑を受けたとき。ジスカールデスタン大統領の下「予算担当大臣」まで努めた大物政治家でありながら、その後、第二次世界大戦中のユダヤ人連行に関与したことが暴露された、モーリス・パポン(Maurice Papon)の例が有名です。それに対して、外国人の場合は、大統領令だけで取り消せます。ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノが再三にわたる人種差別発言で、ツール・ド・フランス7連覇のランス・アームストロングがその後のドーピング発覚によって、剥奪されています。 さて、日本人でも700人ほどの人が叙勲しているようですが、どんな人がもらっているのでしょう。調べてみると、古いところでは伊藤博文(!)、乃木希典(!)、野口英世(!)。最近では舛添要一さんや北野武さん、小池百合子さん、三木谷浩史さんなどがいるようです。驚いたのは「ヴェルサイユのバラ」の池田理代子さん。まあ、フランス国家に貢献したことは、言われてみれば、その通りだと思いますが・・・。 ※      ※      ※ 私は勲章など欲しいと思ったことは一度もありませんし、そんなもの欲しがる人の気が知れませんでした。皆さまもおそらく同様だろうと思います。 しかし、ここでちょっと想像をたくましくしてみましょう。もしも、仮に、自分の親しい先輩が勲章をもらったとしたら・・・。そしてその先輩の家の応接間に、その勲章が飾ってあったとしたら・・・。あるいは、自分と同程度の実績だと思っていたライバルがもらったとしたら・・・。その人が勲章のことをすごく自慢していたとしたら・・・。もしもそんなことになったら、やっぱり自分も、勲章が欲しいと思うのではないでしょうか。 実際、日本でも、受勲の法定条件である「70歳以上」になると、大企業の経営者たちが突然、政治家に働きかけを始めたり、メセナ活動に熱心になったりするそうです。ましてフランスのレジオン・ドヌールは、まず最下位のシュヴァリエを叙勲して、それから階級が上がっていくシステムです。大学を出て公務員になって、一生懸命働いて、人並みに出世して、法定条件の「公職に20年」を過ぎたら、誰だってそわそわし出すのではないでしょうか。そして一旦、シュヴァリエをもらったら、普通の人間の普通の感覚として、次はオフィシエが欲しくなるでしょう。 前回も書いたように、ナポレオンは、レジオン・ドヌール勲章の制定に際して、「あなた方はそれを玩具だと言うが、人が人間を動かすのは玩具を用いてなのだ(Vous les appelez les hochets, eh bien c’est avec des hochets que l’on mène les hommes)」と言って、反対する人たちを説得したそうです。 結果はまさにナポレオンの思惑通り、と言ってよいかもしれません。

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