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ブドウを摘む(faire la vendange/les vendanges)

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こんにちは。バゲットです。

何度か書いたように、私は若いころボルドー(Bordeaux)に留学していました。皆さまご存知の通り、ボルドーは、フランスではブルゴーニュ(Bourgogne)と並ぶワインの名産地です。
大学は市街地からバスで20分ほどの郊外にあるのですが、9月の下旬に現地に到着してしばらくして、周辺に、大きな畑一面に植えられた低い果樹らしきものがたくさんあることに気づきました。「一体、何の木なのだろう」と不思議に思っていたところ、それがブドウの木であることを教えられ、ひどく驚きました。私は、ブドウというものは、ツルが絡まった高い棚があって、そこからぶら下がっているとばかり思っていたからです。留学生仲間で、東京のデパートのワイン売り場で働いていたという女性によれば、日本は雨が多く湿度が高くてブドウが腐ってしまうから、それを避けるために「ブドウ棚」を作っている、ということでした。
さて、ブドウは秋に収穫します。ウィキペディア・フランス語ヴァージョンによれば、フランスでは伝統的に9月~10月です。「ブドウを摘む」をフランス語で ’faire les vendanges’ と言いますが、これは「ワインの生産のためのブドウの収穫(la récolte du raisin destiné à la production du vin)」を指す表現で、「食用ブドウ(raisin de table)」の収穫は含みません。
フランスでは栽培されるブドウの95%以上が、ワインの製造に当てられます。収穫方法は「機械摘み(vendange mécanique)」と「手摘み(vendange manuelle)」の二種類があって、ワインの質とコストを考慮して選択します。
「機械摘み」は、トラクターのような「ブドウ摘み機(machine à vendanger)」を使って行います。コストは安くなりますが、「ブドウを選別しながらの収穫ができません(la récolte n’est pas sélective)」し、「熟していない房や痛んだ房が混ざります(mélange des grappes plus ou moins mûres, voire abîmées)」。そのため、出来上がるワインの質は「並み(qualité courante)」になってしまいます。
ブドウを摘む
他方「手摘み」では、労働者(vendangeurs)がハサミを使って、一房ずつ収穫します。高級ワイン(vins de qualité supérieure)とスパークリングワイン(vins effervescents)を作るには、「手摘み」でなければなりません。
※      ※      ※
このように、高級ワインは「手摘み」でなければ作れませんが、その場合、作業員は一日中、中腰で働くことになって、相当な重労働です。報酬はほとんど最低賃金(SMIC=2018年は時給9,88ユーロ)。しかも仕事は一年中あるわけではなく、秋限定の季節労働です。当然、フランス人で従事しようとする人は少なく(せいぜい学生のアルバイトだけ)、主力は東欧や北アフリカからの季節労働者(saisonniers)です。
近年はどこのブドウ栽培農家(viticulteurs)でも、「手摘み」のための労働者を集めるのに苦労しているようです。今年の春に見たニュースでは、イチゴ(fraises)の収穫も季節労働者が足りなくて困っているということでしたから、フランスの農業全体が抱える構造的問題なのかもしれません。
もちろん、日本人が働くことも可能ですし、実際に働いたという人も、私は何人も知っています。今年はもう間に合いませんが、興味があって体力に自信のある方は、フランス大使館に問い合わせてみたらいかがでしょう。

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太陽の女神

日本のイメージ in France (l’image du Japon en France)フランス語

こんにちは。バゲットです。 来年春の新天皇即位と改元まで、とうとう1年を切りました。もうすぐ平成も終わりです。 29年前、昭和天皇が崩御し、平成が始まったときには、私はフランスのボルドーに留学していました。テレビは持っていなかったので、いくつか新聞を買って読んだのですが、ボルドーの地元新聞「シュド・ウエスト(Sud Ouest=南西)」の記事に唖然としたのを覚えています。 日本の天皇制や元号について説明し、「昭和」や「平成」を仏訳する(「平成」はl’accomplissement de la paix=「平和の成就」でした)のはよいのですが、例えば・・・ 「新天皇(empereur=皇帝)アキヒトは、太陽の女神(déesse du soleil)アマテラスオオミカミの125代目の子孫である」(←違ってるように思いますがw) 「アキヒトは、三つのオブジェ(trois objets=「三種の神器」でしょうね)を受け継ぐことになる。日本の最初の天皇は、それら三つのオブジェを用いて、八つの頭を持つ恐ろしいドラゴン(dragon=「八岐大蛇」でしょう)を退治したのである」(←これも違ってるように思いますがww) と、まあ、こんな感じで、天皇の神話的な側面を極端に強調し、しかも微妙に間違っているのが笑える記事でした。 ※      ※      ※ さて、最近(といっても1ヶ月ぐらい前ですが)、フランスの国営放送「France 2」の夜のニュースで、日本を紹介するルポルタージュがいくつか放映されました。 一つは、日本では外国からの「難民(réfugiés)」の受け入れが極端に少ない、というお話。もう一つは、日本では定年(65歳)退職後も働く人がたくさんいる、というお話。さらに、「日本のハイテクサラダ(les salades high-tech au Japon)」というタイトルの、コンピューター化された野菜工場のお話。以上は、概ね事実に基づいた客観的な報道だったように思います。 他方で、「成人の養子縁組の伝統(la tradition de l’adoption des adultes)」というルポルタージュには、ちょっと違和感を持ちました。日本では「養子になる人の98%が成人だ(98% des personnes que l’on adopte sont des adultes)」という内容で、登場するのは400年近く続くという山梨のブドウ生産農家の養子になった男性です。この男性は奥さまの両親の養子になったわけですが、その点がひどく曖昧で、まるで全く関係の無い男性が、家業の継承だけを目的に養子になっているかのような印象を与えます。で、それを「驚くべき伝統(une tradition étonnante)」と呼んでいる。ルポの後半では結婚=婿養子についても言及していますが、あくまでも家業の継承が至上目的(!)で、そのために娘が婿を取る、というスタンスです。 このことについてフランス人の教師に話してみたところ、成人が養子になること自体が非常な驚き(étonnant)である、ということでした。 してみると、取材したジャーナリスト自身が驚いてしまい(étonné)、ある種の先入観を持って情報収集したのでしょうか。国営「France 2」といえども、センセーショナリズムと全く無縁ではないようです。

エマニュアル・ベアール

『愛と宿命の泉』(Jean de Florette/Manon des sources)

こんにちは。バゲットです。 今回紹介したいのは、映画『愛と宿命の泉』(1986年)。フランス人の知人が「生涯で見た最高の映画の一つ」と熱烈に勧めるので見てみたところ、私にとっても忘れられない作品となりました。 原作は文豪マルセル・パニョル(Marcel Pagnol)の小説『丘の泉(L’eau des collines)』。『愛と宿命の泉』というタイトルは日本の配給会社がつけたもののようで、映画は『フロレット家のジャン(Jean de Florette)』と『泉のマノン(Manon des sources)』から成る二部作です。 まず、『フロレット家のジャン』。 舞台は1920年代、南フランスの山村です。村の実力者パペ(イヴ・モンタン/Yves Montand)は初老の独身男で、甥のユゴラン(ダニエル・オートゥーユ/Daniel Auteuil)を実の息子のように可愛がっています。ユゴランはカーネーションの栽培を夢みて、丘の上の、泉を持つ農場を購入したいと考えます。 その農場の所有者が亡くなって、身内に当たるセムシ男のジャン(ジェラール・ドパルデュー/Gérard Depardieu)が、町から家族をつれてやって来ます。ジャンは一生懸命に働きますが、このとき農場には泉が無い。実はパペとユゴランが、彼の農業を失敗させようと、泉をセメントでふさいでしまったのです。水を得るには、長い距離の山道を歩かなければなりません。何も知らないジャンは、井戸を掘ろうと火薬を仕掛けるのですが・・・。 ジャンの娘、幼いマノンが泉の秘密を知ったところで、第一部は終わります。 次に、『泉のマノン』。 十年がたち、ジャンの娘マノン(エマニュアル・ベアール/Emmanuelle Béart)は美しい女性に成長しています。彼女は村に残って、羊飼い(山羊ですが)をして暮らしています。 水浴するマノンを偶然見かけたユゴランは、その美しさに圧倒されて、たちまち恋に落ちてしまいます。しかし、マノンには相手にしてもらえない。 ある日、迷子の山羊を追ったマノンは、隠された岩陰に、ふもとの村の水源を見つけます・・・。 一種の復讐譚ですが、マルセル・パニョルの原作だけあって、ストーリーがスリリングであるばかりでなく、人間の描き方に多面性と深み、あるいは「凄み」がある。 根は善人であるユゴランが、セムシのジャンを騙すときの、葛藤、そして良心の呵責。マノンを愛したときの、喜びと情熱、苦悩と絶望。オートゥイユはこの演技で、セザール賞主演男優賞を受賞しました。 さらに、復讐を遂げつつあるマノン=エマニュエル・ベアールの、背筋が凍りつくような美しさ。彼女もこの演技で、セザール賞助演女優書を受賞。 そして、極悪人のように見えたパペが、実は意外な過去を持っていたことが結末で明かされます。 それぞれの登場人物が、それぞれに人を愛し、そのために思惑を持ち、その思惑が交錯するとき、悲劇となる。 世評の高い作品なので、どこの「ツタヤ」にもあると思います。本当に、お薦めですよ。 なお、白水社からシナリオの対訳が出ていますので、興味のある方は、そちらもどうぞ。

ヒナギクの花びらをむしる

恋占い(effeuiller la marguerite)

こんにちは。バゲットです。 カナダの作家、アリス・マンロー(Alice Munro、2013年ノーベル文学賞受賞)に「恋占い」という短編小説があります。中学生の女の子二人が、地味な中年の独身女性に、遠方に住む男性の名前で偽のラブレターを書くという悪戯をするお話です。 その短編に、少女の一人が考案した「恋占い」が出てきます。男の子と女の子の名前を紙に書き、重複する文字を消して行って、残った文字の数だけ指を折って数えるのです、「嫌い、お友達、片思い、両思い、結婚(hateship, friendship, courtship, loveship, marriage)」と唱えながら。 悪戯の残酷さにもかかわらず、物語はハッピーエンドで終わります。作中では言及されませんが、中年女性の名前ジョアンナ・パリー(Johanna Parry)と男性の名前ケン・ブードロー(Ken Boudreau)で、実際にこの「恋占い」をしてみると、残る文字が10個(=「結婚」)になるという、なかなか凝った作りになっています。邦訳(新潮社『イラクサ』所収)もありますので、興味のある方は、ぜひ読んでみてください。 さて、フランスにも広く行われている「恋占い」があります。「ヒナギクの花びらをむしる(effeuiller la marguerite)」と言うように、ヒナギクを使った「花占い」です。 一枚ずつ花びらを取っていくのは日本の花占いと同じですが、日本式に「好き、嫌い」の二択ではなく、もっとずっと複雑です。まず、「彼/彼女は私を愛している(Il/Elle m’aime)」と言ってから、「少しは(un peu)、とても(beaucoup)、熱烈に(passionnément)、気が狂うほど(à la folie)、全くない(pas du tout)」と唱えながら、花びらをむしって行きます。日本式と比べると、ずっと洗練されていますね。 ※      ※      ※ このように日本式花占いとフランス式のそれを対比してすぐに気づくのは、フランス式の方が「嫌い」が出る確率がずっと低いということです。実際、日本式の花占いでは、1/2の確率で「嫌い」になってしまいますが、フランス式だと「全く愛してない」が出るのはわずか1/5。換言すれば、日本では二回に一回は「あきらめた方がいい」という結果になるのに対し、フランスでは「あきらめろ」は五回に一回だけなのです。ちなみに、英米では日本と同じく「愛している(He/She loves me)、愛していない(He/She loves me not)」ですから、フランス方式の特殊性は明白です。これもフランスが「恋愛大国(?)」であることの証左だと言ったら、言い過ぎになるでしょうか。 そう言えば、私は若い頃、あるフランス政府系機関で働いていたことがあるのですが、当時、フランス人の若い男性から、次のような書き出しの手紙が来たことがあります、「愛情に関する理由で、私は日本に行かなければなりません(Des raisons sentimentales m’obligent à venir au Japon)」。女の子を追いかけて日本に来るのでしょう。日本人男性には(てか、私には)、ちょっとマネができません。

マリアンヌ

マリアンヌを知ってるかい?(Tu connais Marianne ?)

こんにちは。バゲットです。 フランス共和国の象徴と言えば、まずは青白赤の三色旗(le drapeau tricolore)、次いで国歌ラ・マルセイエーズ(la Marseillaise)を思い浮かべる方が多いでしょう。でも、共和国の象徴は他にもあります。たとえば、フランス大使館でロゴマークに使われている、この女性(↓)です。 彼女はマリアンヌ(Marianne)という名前です。ウィキペディア・フランス語ヴァージョンには、「マリアンヌはフランス共和国を象徴する人物像(figure symbolique)であって」、「それはフランス共和国と《自由、平等、友愛》の標語に含まれる価値観を具象化したものである(elle incarne la République française et ses valeurs contenues dans la devise : Liberté, Égalité, Fraternité)」とあります。 象徴としてのマリアンヌの起源については諸説あるようですが、有力な説によれば、それはフランス革命時の1792年秋、国民公会で王政の廃止と共和国の樹立が宣言されたころ、南フランスで作られた革命歌「マリアンヌの回復(la Guérison de Marianne)」まで遡るということです。 マリアンヌのイメージは、上記のロゴマークの他、ユーロ硬貨や郵便切手にも用いられていて、郵便切手のマリアンヌは、大統領が代わるたびにデザインが変わります。 また、フランス国内の市役所や公立学校などの公的な建物には、マリアンヌの胸像が置かれています。この胸像にもさまざまなデザインがあり、それを制作する際のモデルには、ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)、カトリーヌ・ドヌーブ(Catherine Deneuve)、イネス・ド・ラ・フレサンジュ(Inès de la Fressange)など、フランスを代表する女優、歌手、ファッション・モデルが選ばれています。最新のマリアンヌのモデルは、女優のソフィ・マルソー(Sophie Marceau)ですね。 ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)の有名な絵画『民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)』(↓)に描かれた女神も、マリアンヌとされています。 この絵画は、ウィキペディア・フランス語ヴァージョンのマリアンヌの項目でも、在日フランス大使館ホームページのマリアンヌのページでも紹介されています。私は長い間、この絵は1789年のフランス革命を描いたものだと信じていたのですが(←お恥ずかしい次第ですw)、今回調べてみたところ、1830年の七月革命(La Révolution de Juillet)を主題としたものでした。王政復古で復活したブルボン朝を打倒し、ルイ=フィリップの「七月王政」を開始した革命です。 ※      ※      ※ さて、皆さまご存知のように、アメリカ・ニューヨークの「自由の女神像(Statue de la Liberté)」は、アメリカ合衆国独立100周年を記念して、フランス国民がアメリカに寄贈したものです。上のドラクロアの絵は、この像のモデルの一つになったそうです。確かに、右手を挙げているところなどは同じですね。 ずっと小ぶりですが、「自由の女神」はパリにも複数存在します。セーヌ川にかかるグルネル橋のたもとには、パリに住むアメリカ人たちが贈った「自由の女神」があり、リュクサンブール公園(Jardin du Luxembourg)にももう一体あります。「それらも『マリアンヌ』と呼ぶのだろうか」と思い、何人かのフランス人に聞いてみましたが、そうは呼ばないとのことでした。しかしレピュブリック広場(Place de la République)にも、デザインの異なる像が一体あって、こちらは「マリアンヌ像」と呼ばれています。 そう言えば、東京・お台場にもありましたっけ。まあ、それは「マリアンヌ」とは・・・・・・呼ばないでしょうねw。

レジオン・ドヌールには5つの「等級」

レジオン・ドヌール勲章(Légion d’honneur)(2)

こんにちは。バゲットです。 今回も、レジオン・ドヌール勲章について書きましょう。 さて、レジオン・ドヌールには5つの「等級」があって、下からシュヴァリエ(Chevalier=騎士)、オフィシエ(Officier=将校)、コマンドゥール(Commandeur=司令官)、グラントフィシエ(Grand-Officier=大将校)、グランクロワ(Grand-Croix=大十字)。フランス人の場合は、まずシュヴァリエに叙勲され、それからオフィシエ・・・とだんだん上がっていくそうですが、外国人の場合はそうではなく、その功績に応じて等級が決まります。 他方で、前回も書いたハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのように、一旦もらった勲章を「剥奪」されることもあります。フランス人の場合は、1年以上の禁固刑を受けたとき。ジスカールデスタン大統領の下「予算担当大臣」まで努めた大物政治家でありながら、その後、第二次世界大戦中のユダヤ人連行に関与したことが暴露された、モーリス・パポン(Maurice Papon)の例が有名です。それに対して、外国人の場合は、大統領令だけで取り消せます。ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノが再三にわたる人種差別発言で、ツール・ド・フランス7連覇のランス・アームストロングがその後のドーピング発覚によって、剥奪されています。 さて、日本人でも700人ほどの人が叙勲しているようですが、どんな人がもらっているのでしょう。調べてみると、古いところでは伊藤博文(!)、乃木希典(!)、野口英世(!)。最近では舛添要一さんや北野武さん、小池百合子さん、三木谷浩史さんなどがいるようです。驚いたのは「ヴェルサイユのバラ」の池田理代子さん。まあ、フランス国家に貢献したことは、言われてみれば、その通りだと思いますが・・・。 ※      ※      ※ 私は勲章など欲しいと思ったことは一度もありませんし、そんなもの欲しがる人の気が知れませんでした。皆さまもおそらく同様だろうと思います。 しかし、ここでちょっと想像をたくましくしてみましょう。もしも、仮に、自分の親しい先輩が勲章をもらったとしたら・・・。そしてその先輩の家の応接間に、その勲章が飾ってあったとしたら・・・。あるいは、自分と同程度の実績だと思っていたライバルがもらったとしたら・・・。その人が勲章のことをすごく自慢していたとしたら・・・。もしもそんなことになったら、やっぱり自分も、勲章が欲しいと思うのではないでしょうか。 実際、日本でも、受勲の法定条件である「70歳以上」になると、大企業の経営者たちが突然、政治家に働きかけを始めたり、メセナ活動に熱心になったりするそうです。ましてフランスのレジオン・ドヌールは、まず最下位のシュヴァリエを叙勲して、それから階級が上がっていくシステムです。大学を出て公務員になって、一生懸命働いて、人並みに出世して、法定条件の「公職に20年」を過ぎたら、誰だってそわそわし出すのではないでしょうか。そして一旦、シュヴァリエをもらったら、普通の人間の普通の感覚として、次はオフィシエが欲しくなるでしょう。 前回も書いたように、ナポレオンは、レジオン・ドヌール勲章の制定に際して、「あなた方はそれを玩具だと言うが、人が人間を動かすのは玩具を用いてなのだ(Vous les appelez les hochets, eh bien c’est avec des hochets que l’on mène les hommes)」と言って、反対する人たちを説得したそうです。 結果はまさにナポレオンの思惑通り、と言ってよいかもしれません。

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