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彼女はいつも月にいる(Elle est toujours dans la lune)

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こんにちは。バゲットです。

最近は廃れてしまったのかもしれませんが、私が子供のころ、少なくとも千葉の農村地帯では、まだお月見の習慣が残っていました。9月半ばの満月の夜(=十五夜)に、月見団子を作って、月の見える縁側(や窓際?)にお供えし、ススキを飾ったりして、しばらくしてからそのお団子を食べる。私は毎年、十五夜になると、5キロほど離れた母の実家に連れて行かれ、アンコのついたお団子を食べ、祖父母からお小遣いをもらったりして可愛がってもらったものでした。お団子と関係があるのかないのか知りませんが、当時(今でも?)、月には(sur la lune)ウサギがいて、お餅をついているなどと言われていました。
私が小学生になると、アメリカのアポロ11号が月面に着陸し、二人の宇宙飛行士が月を(sur la lune)歩きました。担任の先生が本来理科が専門だったこともあったのか、クラス中で大騒ぎしたのをよく覚えています。
ずっと後のことですが、「実際、月はどのくらい遠いのか」と、自分で計算してみたことがあります。地球の直径が約13,000キロ、月のそれが3,500キロで、お互いの距離が385,000キロだから・・・・・・地球を直径13センチのグレープフルーツだとすると、月はウメぐらいの大きさで、4メートルほど離れている。そう考えると、ものすごく遠いことが分かるし、そんな遠くまで人類が行ったということは本当にすごいことだと、改めて感じます。
※      ※      ※
さて、フランス語に「月の中にいる(être dans la lune)」という表現があります。ウサギや宇宙飛行士のように「月の上(sur)」ではなく、「月の中(dans)にいる」ですが、「ぼんやりする(être distrait)」、「物思いにふける(être perdu dans ses pensées)」という意味です。(http://www.expressio.fr/expressions/etre-dans-la-lune.php
月の中にいる
リンク先(↑)によれば、「昔から月は夢想、放心と結びつけられている(Depuis longtemps la lune est associée au rêve, à la distraction)」とのこと。まぁ、何となく、分かるような気もします。月を見て意識を集中するのは天文学者ぐらいなわけで、普通の人は月を見るとき物思いにふけるでしょうから。
※      ※      ※
私は若いころから夢想癖があって、勉強しようとしてもなかなか集中できず、それを改善しようと(前回の記事でも書きましたが)図書館に入り浸ったり、いろいろと苦心してきました。ところが20年ほど前、文芸評論家の福田和也さん(現在慶応大学教授)がおおよそ次のようなことを書いているのを読みました。
「文芸評論家などをしていると、よく人から『家にいるときはいつも本を読んでいるのですか』と聞かれる。それは仕事だから、本は読む。しかし大抵は、壁の掛け軸などを眺めながら、ボーっとしている。」
福田さんほどの秀才で読書家でも、そうなんですね。いつも「月にいる(être dans la lune)」からといって、あまり気にしなくてもよさそうです。

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スタンダールの写真

フランス文学史上二番目のブオトコ(Le deuxième homme le plus laid de l’histoire de la littérature française)

こんにちは。バゲットです。 私が学部の学生だったとき、19世紀前半のフランス文学史の授業を担当したのは、スタンダール(Stendhal)が専門で「美男子」の誉れ高い(?)先生でした。ジュリアン・ソレル(『赤と黒』)やファブリス・デル・ドンゴ(『パルムの僧院』)など、超絶イケメンヒーローが大活躍するスタンダール文学を、美男が「売り」の先生が研究しているというのも、見方によっては相当にイヤミな話wですが、私はその先生が割と好きで、講義には熱心に出席していました。 で、まさにそのスタンダールがテーマの回、先生はこの作家についてこう言ったのです、「フランス文学史上一のブオトコ」と。 スタンダールが醜かったというのは有名な話で、当時の私も知ってはいましたが、まさか「フランス文学史上一」と言われるほどの真性ブサメン(?)だとは思っていなかったので、ひどく驚きました。 先生の話では「40歳を過ぎても顔中ニキビだらけ、身長170センチで体重は90キロ、市販のイスには座れなくて、特別注文でイスを作っていた」そうです。肖像画では、そうは見えないのですが(↓)・・・。 スタンダール まあ、「肖像画」ですから、画家もお客の機嫌を取るために、実物よりずっとマシに描いたのでしょう。でも、太っていたのは事実のようですね。 ※      ※      ※ さて、男性作家によって書かれた名作文学で、スタンダールの小説のように、超絶美男の主人公が美女にモテまくるというお話も、考えてみれば珍しいように思います。 たとえば『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレル(Julien Sorel)は、「美貌の野心家」(←三島由紀夫の言葉)。町長の子供の家庭教師になって、まずエリザという小間使いの女の子に思いを寄せられて、はねつけて泣かせてしまい、雇い主の妻・レナール夫人を誘惑することに成功するのですが、今度はエリザが腹いせにその不倫をバラしてしまって、ジュリアンは町長が撃つ銃弾の中を逃げて、パリにたどり着く。コネを使ってフランスを代表する大貴族ラ・モール侯爵の秘書になり、美しき侯爵令嬢マチルドと恋に落ちます。 一方、『パルムの僧院』のファブリス・デル・ドンゴ(Fabrice del Dongo)は絶世の美男。美人女優との恋を巡って殺人事件に巻き込まれ、投獄されたら今度は監獄長の娘、美貌のクレリア・コンチと愛し合う。叔母で「大胆不敵な美女」(←これも三島由紀夫)サンセヴェリーナ公爵夫人は、身内の情を越えた愛情でファブリスを愛し、クレリアと共謀して彼を脱獄させる・・・。 スタンダールのお墓には、ラテン語で「書いた、恋した、生きた」と刻まれているそうです。実際、彼は「常に恋をしていた」そうですが、上記のように真性ブサメンですから、失恋してばかり。仏文学者の桑原武夫さん(京都大学教授)は、「ブオトコだったスタンダールが、『もしも自分が美男だったら』と想像して、『赤と黒』や『パルムの僧院』を書いた」と言っていました。やはりスタンダールは、美男子が羨ましくて羨ましくて、しようが無くて、「自分もイケメンだったらなあ・・・」と思いながら、小説を書いていたのでしょうか。笑えるような、悲しいような、ちょっと微妙な話です・・・。 ※      ※      ※ さて、今回のタイトルですが、あえて「フランス文学史上二番目のブオトコ」にしました。では、「フランス文学史上ナンバーワンのブオトコ」は、一体誰なのでしょう。それについては、近日中に書くつもりです。

頭の内側に髪の毛が生える

頭の内側に髪の毛が生える(avoir les cheveux qui poussent à l’intérieur)

こんにちは。謎のキャラクター、バゲットです。 年末・年始は「忘年会」、「新年会」とお酒を飲む機会が多く、飲み過ぎて悪酔いして嘔吐したり、あるいは翌朝に二日酔いで苦しむ方も多いでしょう。 私も大学に入ったばかりのころはまだお酒の飲み方を知らず、6月の中頃までにクラスや友人たちとのコンパで三回も泥酔して前後不覚になり、内二回は吐いてしまいました。二浪して入学したクラスメートから、「酒の飲み方に少し気をつけろ」と叱られたことを今でも覚えています。 その後、一時は禁酒したこともあるのですが、20代の終わりごろからは毎晩、寝る前にお酒を飲むようになりました。ここ10年ほどは少し血糖値が高いので、もっぱら糖分ゼロのバーボン・ウイスキー。毎日8時半には仕事を切り上げ、フロアスタンドの間接照明以外は全ての明かりを消して、マンションの大きな窓から見る東京の夜景(←すごくキレイです)を背景に、一人でお酒を飲む。私にとって至福のひとときです。 Avoir les cheveux qui poussent a l’interieur フランス語で「二日酔い」を意味する最も一般的な表現は、“la gueule de bois”。直訳すれば「木の口」で、多くは動詞“avoir”とともに用います。「私は二日酔いだ」は、“J’ai la gueule de bois(=私は木の口を持っている)”ですね。 いつものようにウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/gueule_de_bois)で調べてみると、“Malaises matinaux dus à un abus d’alcool(=酒の飲み過ぎに起因する朝の身体的不調)”。まさに「二日酔い」です。語源としては、“avoir la bouche sèche comme du bois après avoir bu trop d’alcool(=お酒を飲み過ぎた後に木のように乾いた口を持つ)”とありますね。 面白いのは「同義語(synonymes)」の項目。たとえば、“avoir la tête dans le cul(=頭が尻にある)”。「今朝、オレの頭は尻についてるよ(Ce matin, j’ai la tête dans le cul)」のように用いるのでしょう。 さらに奇抜なのは、“avoir les cheveux qui poussent à l’intérieur(=[頭の]内側に髪の毛が生えている)”。二日酔いでアタマがガンガンするときは、「昨夜は飲み過ぎた、髪の毛が頭の内側に生えてるみたいだ(J’ai trop bu hier-soir, j’ai les cheveux qui poussent à l’intérieur)」と言えばよいわけです。 ※      ※      ※ 私は体質的にお酒には強いようで、生涯で一度も二日酔いになったことがありません。夜中の2時、3時に目が覚めて激しい頭痛がしたことは何回かありますが、朝起きて頭が痛かったことは一度も無いのです。とは言え、飲み過ぎると風邪を引きやすくなりますし、また年齢のせいか、風邪を引いたときにお酒を飲むと、その風邪が何週間も治りません(←若いころは治ったのですが)。そのため、2年ほど前から、毎晩飲むお酒の量を少し減らすようにしています。 皆さまも飲み過ぎて二日酔いになったり風邪を引いたりしないよう、お気をつけてくださいませ。

千と千尋

アニメでフランス語(apprendre le français avec des films d’animation)

こんにちは。バゲットです。 外国語を勉強する人にとって、その国で作られた映画を観ることは、その言語を実地で使ってみる最も簡単な機会の一つです。フランス語を勉強している人ならフランス映画を観て、英語ならアメリカ映画を観て、聞き取れるセリフがあれば嬉しいし、ときには「こんな場面でこんな風に言うんだ」と、目から鱗が落ちるような思いをすることもあります。 私も若い頃、フランス映画をフランス語学習の「教材」のように考えて、一生懸命に観ていたことがありました。そんなとき、親しい先輩からアドヴァイスを受けました、「勉強に使うなら、外国映画のフランス語吹き替えの方がよい」と。 確かに、フランス映画のセリフでは、若者言葉や俗語、汚い言い方など、私たち非ネイティヴが実際に使うことなどないような表現も出てきます。また、発音も訛りが強かったり、あるいは口の中でムニャムニャと話して、明瞭でないことも多いように思います。 それに対して外国映画のフランス語吹き替えでは、セリフは比較的きちんとした表現で、はっきりと発音されていて、実際に映画を観ると、明らかによく聞き取れます。やはり「勉強」に使うのなら、吹き替えの方が有用だという意見には、一理あると思います。 ※      ※      ※ そんなわけで、私はときどき、フランス語の「勉強」のために、スタジオジブリのアニメをフランス語ヴァージョンで観ています。 まず渋谷のツタヤで買ったのが、『紅の豚(Porco Rosso)』『千と千尋の神隠し(Le voyage de Chihiro)』『ハウルの動く城(Le château ambulant)』の三作。 他は日本で売っているDVDには英語(+日本語)ヴァージョンしか入っていないので、フランスのアマゾン(https://www.amazon.fr/)に注文。手に入れたのが『ルパン三世・カリオストロの城(Le château Cagliostro)』『風の谷のナウシカ(Naussicaä de la vallée du vent)』『天空の城ラピュタ(Le château dans le ciel)』『隣のトトロ(Mon voisin Totoro)』『魔女の宅急便(Kiki la petite sorcière)』『もののけ姫(Princesse Mononoké)』『崖の上のポニョ(Ponyo sur la falaise)』『コクリコ坂から(La Colline aux coquelicots)』の八点。ジブリ以外では『時をかける少女(La traversée du temps)』もゲットしました(註)。 で、ときどき(って、最近はサボリ気味ですが)観ているのですが、同じ「吹き替え」でも、作品によって聞き取りやすいものと聞き取りにくいものがあって、ちょっと驚きます。 比較的判りやすいのは、『魔女の宅急便』と『千と千尋』でしょうか。 『隣のトトロ』も、隣人のお婆さん(かなり発音にクセがある)以外は聞き取りやすいように思います。 日本で買ったものには日本語字幕がついているので、音声をフランス語、字幕を日本語にして観ることもできます。なお『紅の豚』の「豚」の声は、ジャン・レノです。 言うまでもありませんが、英語ヴァージョンを使えば、英語の勉強もできますね。 (註)フランスから個人輸入したものには、日本語字幕がありませんので、注文される方は注意してください。

ケーキの画像

C’est du gâteau. そんなの簡単さ。

こんにちは。バゲットです。 さて、フランス語に、“C’est du gâteau”という表現があります。“du” は、数えられないものにつけて「適量」を示す「部分冠詞」で、直訳すれば「そんなのお菓子みたいなもんさ」。 日本語でも「お茶の子さいさい」と言いますし、そこで「お茶の子」はお茶に添えて出されるお菓子のことですから、発想としては同じなのでしょう。「そんなのお菓子を食べるみたいに簡単さ」という意味です。 ※       ※       ※ おそらく多くの方が同様なのだと思いますが、私はフランス語の勉強を始めたころ、フランス語の単語と日本語の訳語とを、ほとんど一対一で対応させて覚えていました。La mer=海、le ciel=空、le vent=風、といった具合です。 で、le gâteau=お菓子。当時使っていた仏和辞典で、最初に出ていた訳語が「菓子」だったからです。 しかし、勉強を続けて行くと、次第に、フランス語の単語と日本語の訳語の間には微妙な「ズレ」があることに気づきます。すると、疑問に感じるようになりました。「ガトーって、いったい何だ」と。 一口に「お菓子」と言っても、いろいろあります。何が「ガトー」で、何がそうでないのか。調べようにも、そのころはパソコンもインターネットも存在しませんでした。 仏和辞典には「ケーキ」という訳語もありましたから、イチゴのショートケーキは「ガトー」なのでしょう。では、チョコレートは、キャラメルは、キャンディは、「ガトー」なの?ビスケットやクッキーは?日本の和菓子は? 「かっぱえびせん」は「ガトー」なのか? 同様の疑問を持つ人は少なくないようで、『クラウン仏和辞典』も『プチ・ロワイヤル仏和辞典』も、最新版では、gâteau の項目に詳細な解説を加えています。 それによれば、「ガトー」は、小麦粉・卵・バターを練った生地(pâte)から作る“pâtisserie”の一種で、日本語の「ケーキ」に該当するようです。したがって、チョコレートやキャラメルやキャンディは「ガトー」ではありません。 やっぱり、「かっぱえびせん」は「ガトー」ではないですね(笑)。 レコール・ド・フランセでフランクにたずねてみたところ、ビスケットやクッキーなど「ガトー・セック(乾いたガトー)」も、単に「ガトー」とは言わないとのことです。 ※ 何が「ガトー」であって、何が「ガトー」でないのか。それは私にとって、“C’est du gâteau (そんなの簡単さ)”というわけには行きませんでした。 ちなみに、この表現は否定形でも使うそうです。“Ce n’est pas du gâteau !(それは簡単じゃないね)”と。

モンブラン

フランスで一番高い山(le plus haut sommet de France)

こんにちは。バゲットです。 もう10年くらい前のことですが、オーストラリア(シドニー?)の空港で、あるアラブ系フランス人の青年が拘束されました。パスポートに問題があり、「テロを準備しているのではないか」と嫌疑をかけられようです。本人は本当にフランス人だったため、フランス政府が抗議して、数日で釈放されました。そのことについて「ル・モンド(Le Monde)」が社説で、「アラブ系に対する差別だ」と、強く糾弾していたのをよく覚えています。 笑えるのは(本来「笑う」ような性質のことではないのですが)、その男が半年後、今度はフランスの警察に逮捕されたこと。外国の警察にテロ容疑で拘束されたフランス人を、政府が抗議して釈放させたら、やっぱり本当にテロリストだったwというわけです。 さて、「ル・モンド」社説によれば、オーストラリア警察は、拘束したアラブ系男性が本当にフランス人であるかを疑い、フランスについてさまざまな質問をしたそうです。その質問の一つが、今回のテーマ、「フランスで一番高い山は?」。 私の記憶では、社説は「そんなこと普通のフランス人は知らない」というニュアンスで書かれていたように思うのですが、私の勘違いかもしれません。というのも、大抵のフランス人が、「フランスで一番高い山はモンブラン」と答えるように思うからです(あるいは、質問は複数ありましたから、「全部答えられる人は滅多にいない」ということだったのかもしれません)。 でも、よく考えてみると、モンブランはフランスとイタリアの国境に位置する山。「フランスで一番高い」と言ってしまってよいのでしょうか。そんな風に言ったら、イタリアの人たちが怒りそうな気がするのですが。というわけで、調べてみました。すると・・・ モンブランは標高4,809メートル(註1)、富士山(3,776メートル)よりずっと高い。山頂は常時氷に覆われていて、一般の方が観光気分で登頂するのは不可能です。 で、問題の国境線ですが、1861年、フランスと当時のサルデーニャ王国(イタリア王国建国の直前のようです)との間で、「国境線はモンブランの山頂を通る」ということで合意。その後、第二次大戦後のパリ条約(1947年の平和条約/フランスは戦勝国、イタリアは敗戦国)では、モンブランについては言及されませんでした(註2)。現在は、フランスの地図ではモンブラン山頂はフランス領、イタリアの地図では国境線は山頂を通ることになっており、1995年、その件についてイタリア政府がフランス政府に抗議しましたが、その後ウヤムヤになっているそうです。 ※      ※      ※ さて、日本の富士山とは異なって、モンブランは一国を代表するような観光名所ではありませんし、ましてやフランスの「象徴」ではありません。「フランスで一番高い山は?」と質問されたとき、一体どのくらいのフランス人が「モンブラン」と答えられるのでしょうか。知人のフランス人教師に聞いてみたところ、「平均的なフランス人なら答えられるだろう、しかし学歴の低い人や移民の人の中には、答えられない人もいるのではないか」とのことでした。 註1)2017年の計測値。山頂が氷で覆われているため、高さは常に変化しています。氷の下の岩の山頂は4,792メートルで、氷の山頂の西40メートルにあるそうです。 註2)日本版ウィキペディアによれば、1963年にも仏伊間で国境が再定義されましたが、モンブランについては協議されなかったとのことです。

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