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『あるいは裏切りという名の犬(36 quai des Orfèvres)』

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こんにちは。バゲットです。

今回紹介したいのは、フランスの刑事映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004年)。原題(36 quai des Orfèvres=オルフェーヴル河岸36番地)は、パリ警視庁の所在地です。日本で言う「桜田門」(=警視庁の所在地)ですね。オリヴィエ・マルシャル(Olivier Marchal)監督作品で、ダニエル・オートゥイユ(Daniel Auteuil)、ジェラール・ドパルデュー(Gérard Depardieu)という、当時のフランスを代表する名優二人が共演した、「ハードボイルド・アクションの傑作」という触れ込みです。
オルフェーヴル河岸36番地
さて・・・パリ警視庁の敏腕警視、レオ(オートゥイユ)とドニ(ドパルデュー)。かつては親友だったが、一人の女性の愛を巡って争ったことから、今では宿敵同士になっている。
おりしも、パリ近郊では重火器を用いた現金輸送車襲撃事件が続発。既に9人が殺されて、200万ユーロが奪われた。犯人一味追跡にあたってレオに先を越されたドニは、焦りから致命的なミスを犯し、犯人は逃走、レオの部下を殉職させてしまう。
追い詰められたドニは、ある殺人事件へのレオの関与を密告する。逮捕、投獄されたレオは、その後、最愛の妻が殺されたことを知って、泣き崩れる・・・というお話。
ジェラール・ドパルデュー
二転三転するストーリー。暴力と流血と死、裏切りと絶望、そして復讐。意外な幕切れ。すごく面白かったです。
※      ※      ※
さて、DVDのパッケージには「正義を信じる警視(=レオ)/権力に固執する警視(=ドニ)/火花を散らす激突の行方は」などと書かれていますが、事態はそれほど単純ではありません。
ドパルデュー演じるドニは、容姿に恵まれなかった男です。若き日、心から愛し、交際もしていた女性を、こともあろうに親友で美男のレオに横取りされてしまう。彼らの関係はギクシャクしだし、ドニは仕事では絶対にレオに負けたくないと思ったことでしょう。しかし彼らの能力は拮抗しており、勝負は一進一退が続く。いつしかドニは「出世主義者」「権力欲の権化」のレッテルを貼られてしまった・・・ということではないでしょうか。
最後の場面、ドニの叫びが印象的でした。「彼女が死んだのはお前のせいだ(elle est morte à cause de toi)、もっぱらお前のせいだ(uniquement à cause de toi)・・・もしお前が俺たちをそっとしておいてくれたら、こんなことにはならなかったのに(si tu nous avais laissés tranquilles, ce serait jamais arrivé)」。
お薦めですよ。
※      ※      ※
私は映画には詳しくないので、この監督もこの作品も長い間知らなかったのですが、フランスでは大ヒットして、「続編」というか、同じ監督で3部作が作られています。続く二作のタイトルは『やがて復讐という名の雨(MR 73)』、『いずれ絶望という名の闇(DIAMANT 13)』。それぞれ、オートゥイユ、ドパルデューの主演です。興味のある方は、そちらもどうぞ。

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スタンダールの写真

フランス文学史上二番目のブオトコ(Le deuxième homme le plus laid de l’histoire de la littérature française)

こんにちは。バゲットです。 私が学部の学生だったとき、19世紀前半のフランス文学史の授業を担当したのは、スタンダール(Stendhal)が専門で「美男子」の誉れ高い(?)先生でした。ジュリアン・ソレル(『赤と黒』)やファブリス・デル・ドンゴ(『パルムの僧院』)など、超絶イケメンヒーローが大活躍するスタンダール文学を、美男が「売り」の先生が研究しているというのも、見方によっては相当にイヤミな話wですが、私はその先生が割と好きで、講義には熱心に出席していました。 で、まさにそのスタンダールがテーマの回、先生はこの作家についてこう言ったのです、「フランス文学史上一のブオトコ」と。 スタンダールが醜かったというのは有名な話で、当時の私も知ってはいましたが、まさか「フランス文学史上一」と言われるほどの真性ブサメン(?)だとは思っていなかったので、ひどく驚きました。 先生の話では「40歳を過ぎても顔中ニキビだらけ、身長170センチで体重は90キロ、市販のイスには座れなくて、特別注文でイスを作っていた」そうです。肖像画では、そうは見えないのですが(↓)・・・。 スタンダール まあ、「肖像画」ですから、画家もお客の機嫌を取るために、実物よりずっとマシに描いたのでしょう。でも、太っていたのは事実のようですね。 ※      ※      ※ さて、男性作家によって書かれた名作文学で、スタンダールの小説のように、超絶美男の主人公が美女にモテまくるというお話も、考えてみれば珍しいように思います。 たとえば『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレル(Julien Sorel)は、「美貌の野心家」(←三島由紀夫の言葉)。町長の子供の家庭教師になって、まずエリザという小間使いの女の子に思いを寄せられて、はねつけて泣かせてしまい、雇い主の妻・レナール夫人を誘惑することに成功するのですが、今度はエリザが腹いせにその不倫をバラしてしまって、ジュリアンは町長が撃つ銃弾の中を逃げて、パリにたどり着く。コネを使ってフランスを代表する大貴族ラ・モール侯爵の秘書になり、美しき侯爵令嬢マチルドと恋に落ちます。 一方、『パルムの僧院』のファブリス・デル・ドンゴ(Fabrice del Dongo)は絶世の美男。美人女優との恋を巡って殺人事件に巻き込まれ、投獄されたら今度は監獄長の娘、美貌のクレリア・コンチと愛し合う。叔母で「大胆不敵な美女」(←これも三島由紀夫)サンセヴェリーナ公爵夫人は、身内の情を越えた愛情でファブリスを愛し、クレリアと共謀して彼を脱獄させる・・・。 スタンダールのお墓には、ラテン語で「書いた、恋した、生きた」と刻まれているそうです。実際、彼は「常に恋をしていた」そうですが、上記のように真性ブサメンですから、失恋してばかり。仏文学者の桑原武夫さん(京都大学教授)は、「ブオトコだったスタンダールが、『もしも自分が美男だったら』と想像して、『赤と黒』や『パルムの僧院』を書いた」と言っていました。やはりスタンダールは、美男子が羨ましくて羨ましくて、しようが無くて、「自分もイケメンだったらなあ・・・」と思いながら、小説を書いていたのでしょうか。笑えるような、悲しいような、ちょっと微妙な話です・・・。 ※      ※      ※ さて、今回のタイトルですが、あえて「フランス文学史上二番目のブオトコ」にしました。では、「フランス文学史上ナンバーワンのブオトコ」は、一体誰なのでしょう。それについては、近日中に書くつもりです。

漆黒をすり潰す男

漆黒をすり潰す男(un homme qui broie du noir)

こんにちは。バゲットです。 前回は気力が靴下レベルまで低下する話(=avoir le moral dans les chaussettes)をしましたが、考えてみれば、私の若いころの友人には性格の暗い人が多かったように思います。大学の学部が文学部だったせいでしょうかw。 それでも大学院時代の友人たちは、「若さを満喫する」というタイプではないにせよ、少なくとも勉強に関しては前向きで、野心を持ち、希望に満ちているように見えました。しかし学部のころの友人には、その存在そのものが生の苦悩を体現しているかのようなw、あるいは人類の不幸をたった一人で耐え忍んでいるかのようなww者が、何人かいました。 代表格の一人が日本文学専攻のKくん。プライバシーに配慮して詳細は書きませんが、いろいろとあって被害妄想の権化と化し、些細なことで腹を立て、バカバカしいことで嫉妬し、常に沈んだ様子で、まるで墓石が洋服を着て歩いているかのようなwww、ほとんど暗黒星雲並みの暗さをまとっていました。 ※       ※      ※ さて、フランス語に“broyer du noir(=黒をすり潰す)”という表現があります。 Broyer du noir 久しぶりに“ウィクショネール(https://fr.wiktionary.org/wiki/broyer_du_noir)”で調べてみると、“se livrer à des pensées sombres, mélancoliques(=暗い、憂鬱な考えに身をゆだねる)”とあります。別のサイトには、“avoir des pensées pessimistes(=悲観的な考えを持つ)”とある。日常的な日本語で言えば、「気が滅入る」「落ち込む」「ふさぎ込む」といったところでしょう。 面白いのは「語源」です。もともとはルネッサンス時代の画家たちが、黒い絵の具を作るために木炭をすり潰したことから来ているらしい。その後「黒胆汁(bile noire)」の分泌が憂鬱・悲哀の情を生じさせるという、18世紀に医学界で一般化した学説に触発されて、19世紀になってから現在の用法が確立したそうです。 ネットで用例を探してみると、“Je vais broyer du noir en silence(=オレは黙って黒をすり潰すよ)”、“Elle va sûrement être déçue, et broyer du noir pendant des jours(=彼女はきっと失望して、何日も黒をすり潰すだろうね)”、“Ne la laissons pas broyer du noir(=あの子が黒をすり潰すのを放っておいちゃダメだよ)”、“Ne reste pas là à broyer du noir(=そんなところで黒をすり潰していないで)”などが見つかります。 ※      ※      ※ さて前述のKくん、修士課程在学中に、新築の公営住宅入居の抽選で数十倍という倍率の中を当選します。その後、博士課程には進めなかったようなのですが、東京から特急で1時間半ほどの地方都市にある短大で、専任教員の職をゲット。そして、なんと彼より10歳も若い教え子と恋に落ち、「彼女いない歴=年齢」を卒業、めでたく結婚に至ります。さらにさらに、それから10年ほどしたら、勤務する短大が四年制大学に改組。Kくんは「大学教授」になったのです!オレよりエライじゃねえかww。 彼とはもう30年以上も会っていませんが、今ごろは明るく暮らしているのでしょうか。Kくんの明るい顔って、私には想像することもできないのですがwww。

パリ国際農業見本市

パリ農業見本市(Salon international de l’agriculture à Paris)

こんにちは。バゲットです。 つい先日のことですが、フランスでは、今年も「パリ国際農業見本市(Salon international de l’agriculture à Paris/https://www.salon-agriculture.com/)」が開催されました。この見本市は、普仏戦争直前、1870年の「第一回農業共進会(concours général agricole=農産物総品評会)」にまでさかのぼる長い伝統を持つもので、それが現在の形に再編されたのが1964年。以来、毎年二月下旬~三月上旬に催され、今回は第56回に当たります。 今年の日程は2月23日(土)~3月3日(日)。会場はパリ南部の「ポルト・ド・ヴェルサーユ見本市会場(Paris Expo Porte de Versailles)」で、東京ドームの三倍という広さです。そこに6つのパビリオンが設けられ、数十の国から来た1000以上の出品者(exposants)が、農業に関するありとあらゆるもの(家畜、肉製品、穀物や野菜や果物、チーズやワインなどの加工品から、はたまた農機具に至るまで)を展示するのです。期間中、近年は毎年60万~70万人が訪れ、19年の来場者も、63万3千人でした。 見本市は「野菜などの農作物」「畜産」「地方の特産品」など四つのコーナー(univers=宇宙)から成り、畜産コーナーでは350種類、4000匹以上もの動物が登場します。来場者が触ることのできる家畜もいるので、それを目的に子供を連れてくるお父さん・お母さんも多いようです。 展示される食べ物・飲み物は試食もできて、来場者の2/3が平均91ユーロの買い物をするそうです。 前述した「農業共進会(=農産物総品評会)」も組み込まれています。「家畜(6種類)」「農産物(21種類)」「ワイン」「若い農家(jeunes professionnels)」の四分野で、地方大会を勝ち抜いた農家が「決戦大会」を戦います。 フランスでは農業は、「世界に誇るフランス料理に食材を提供する」という位置づけで、極めて重要な産業です。国土の52.5%が農地で、農家の方たちはプライドを持って働いています。そのため、毎年この見本市には共和国大統領(Président de la République↓)を始め、野党党首などの大物政治家も必ず来場します。 マクロン大統領は、今年は初日の朝の8時半に来場し、20時の閉館まで滞在しました。 ※      ※      ※ さて、何度も書いたように、私の実家は千葉の元農家です。集落から少し離れた一軒家で敷地も広かったので、私が子供のころは、牛、馬、ブタ、山羊、ウサギ、ニワトリ等、たくさんの動物を飼っていました。こう言ってよければ、自宅で、小規模ながら「農業見本市」が開かれていたようなものです。 当時の私はまだ幼くて、何のためにそんなにたくさんの動物がいるのかまったく理解していませんでした。馬だけは「蹴られると大ケガをするから、触るな」と言われていましたが(でも少しは触っていましたがw)、他の動物たちはさわり放題、なで放題。たまにはイタズラもしたりして、私にとって彼(女)らは「家畜」というより「ペット」、あるいは「少し変わった友達」といったところだったでしょうか。 まぁ、今になって考えてみれば、3~4歳の私より牛やブタの方が知能が高かった可能性は十分にあるわけで、ひょっとしたら、彼(女)らの方が私のことを「ペット」のように思っていたのかもしれませんw。

遊牧の精神/ロバの背中での夏

ユニークなヴァカンスの過ごし方(des manières originales de passer les vacances)

こんにちは。バゲットです。 フランスの国営テレビ「フランス 2」では、毎年夏のヴァカンスシーズンになると、ユニークで刺激的なヴァカンスの過ごし方をルポします。去年はヨルダンの砂漠の真ん中で夜空一杯の星々を眺める家族などが登場しました。今年もなかなか興味深い休暇の過ごし方が報告されましたので、ここでいくつか紹介しておきましょう。 まず「サイクリング/ツール・ド・フランス走者たちのコースでの休暇(Cyclisme : vacances sur la route des coureurs du Tour de France)」と題された8月8日のルポルタージュ。 フランスで毎年7月に開催される世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス(Tour de France=フランス一周レース)」。レースの行程にほぼ毎年選ばれているピレネー山脈のツールマレー峠(Col du Tourmalet)は、近年、夏になるとアマチュアのサイクリストたちで賑わいます。 10年前はほんの一握りだったそうですが、現在では一日に300人以上。彼らはプロの選手たちと同じジャージを着て、麓の町から標高2,115メートルの峠まで、自転車を漕いで登って行くのです。インタヴューに答えた人は、「私のスピードはプロの選手たちの10%ですね(Je pense que je vais à 10% de la vitesse des professionnels)」と笑っていました。 彼らは地元のフランス、スペインはもとより、世界の各地からやって来ます。日本人もたくさんいるそうです。ルポではフィリピンからの団体客が紹介されていましたが、総費用は飛行機代別で2,500ユーロ(=30万円強)。麓の町には貸し自転車屋があって、いろいろなタイプの自転車から自分に合ったものを選べます。 ピレネー山脈最高峰の一つに登った達成感と、そこからの眺めは格別です。体力的にハードルは高そうですが、脚力に自信のある方は挑戦してみたらいかがでしょう。 ※      ※      ※ もう一つ紹介したいのが8月10日のルポで、タイトルは「遊牧の精神/ロバの背中での夏(Esprit nomade : l’été à dos d’âne)」。 アルプス山脈の西に広がる丘陵地ヴェルコール(Vercors)を、ロバと一緒に4日かけて踏破します。ロバはキャンプのための荷物を運び、参加者たちは手綱を引いて歩きます。時速は4キロ。夜は泉の近くにテントを張って休むのですが、「泉」と言っても山上ですから、水量は少ない。ロバに水を飲ませて、飲料水と料理用の水を確保するだけで、シャワーを浴びることはできません。翌日は早朝に起きて、荷物をまとめてロバの背に乗せ、また歩く。山道なので疲れて、足取りは重くなる。 それでも彼らは楽しそうです。30代半ばぐらいの女性は、こう言っていました、「しがらみを忘れて(il y a pas d’attaches)、何も考えません(on pense à rien)、家のことも日常のことも考えません(on pense pas à la maison, au quotidien)、ロバを引いて、歩いて、風景を楽しむだけです(il y a qu’à s’occuper de l’âne, la balade, profiter des paysages)」。 こちらは普通の体力があれば、ついて行けそうです。皆さま、来年の夏には、考えてみてはいかがですか。

月の中にいる

彼女はいつも月にいる(Elle est toujours dans la lune)

こんにちは。バゲットです。 最近は廃れてしまったのかもしれませんが、私が子供のころ、少なくとも千葉の農村地帯では、まだお月見の習慣が残っていました。9月半ばの満月の夜(=十五夜)に、月見団子を作って、月の見える縁側(や窓際?)にお供えし、ススキを飾ったりして、しばらくしてからそのお団子を食べる。私は毎年、十五夜になると、5キロほど離れた母の実家に連れて行かれ、アンコのついたお団子を食べ、祖父母からお小遣いをもらったりして可愛がってもらったものでした。お団子と関係があるのかないのか知りませんが、当時(今でも?)、月には(sur la lune)ウサギがいて、お餅をついているなどと言われていました。 私が小学生になると、アメリカのアポロ11号が月面に着陸し、二人の宇宙飛行士が月を(sur la lune)歩きました。担任の先生が本来理科が専門だったこともあったのか、クラス中で大騒ぎしたのをよく覚えています。 ずっと後のことですが、「実際、月はどのくらい遠いのか」と、自分で計算してみたことがあります。地球の直径が約13,000キロ、月のそれが3,500キロで、お互いの距離が385,000キロだから・・・・・・地球を直径13センチのグレープフルーツだとすると、月はウメぐらいの大きさで、4メートルほど離れている。そう考えると、ものすごく遠いことが分かるし、そんな遠くまで人類が行ったということは本当にすごいことだと、改めて感じます。 ※      ※      ※ さて、フランス語に「月の中にいる(être dans la lune)」という表現があります。ウサギや宇宙飛行士のように「月の上(sur)」ではなく、「月の中(dans)にいる」ですが、「ぼんやりする(être distrait)」、「物思いにふける(être perdu dans ses pensées)」という意味です。(http://www.expressio.fr/expressions/etre-dans-la-lune.php) リンク先(↑)によれば、「昔から月は夢想、放心と結びつけられている(Depuis longtemps la lune est associée au rêve, à la distraction)」とのこと。まぁ、何となく、分かるような気もします。月を見て意識を集中するのは天文学者ぐらいなわけで、普通の人は月を見るとき物思いにふけるでしょうから。 ※      ※      ※ 私は若いころから夢想癖があって、勉強しようとしてもなかなか集中できず、それを改善しようと(前回の記事でも書きましたが)図書館に入り浸ったり、いろいろと苦心してきました。ところが20年ほど前、文芸評論家の福田和也さん(現在慶応大学教授)がおおよそ次のようなことを書いているのを読みました。 「文芸評論家などをしていると、よく人から『家にいるときはいつも本を読んでいるのですか』と聞かれる。それは仕事だから、本は読む。しかし大抵は、壁の掛け軸などを眺めながら、ボーっとしている。」 福田さんほどの秀才で読書家でも、そうなんですね。いつも「月にいる(être dans la lune)」からといって、あまり気にしなくてもよさそうです。

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